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やり場のない長文

「こまぬく」の変化について(1) 山田俊雄と見坊豪紀

 見坊豪紀(1914-1992)は、言わずと知れた史上最高のワード・ハンターにして、「明解国語辞典」「三省堂国語辞典」を作り上げた辞書編集家である。名作ノンフィクション「辞書になった男 ケンボー先生と山田先生」(佐々木健一著)や、「三国」の現任編集者である飯間浩明さんの活動を通じて、その事績に触れて(かつ圧倒されて)いる人が多いことと思う。ここでは深入りしないけど、とにかく辞書史に残る巨人です。

 一方の山田俊雄(1922−2005)は、見坊と並び語られることの多い山田忠雄(「新明解国語辞典」の主幹)の実弟で、彼もまた「角川国語辞典*1」「新潮国語辞典-現代語・古語-」「新潮現代国語辞典」などを手がけた辞書編集家である。その後も角川系のいくつかの国語辞典や古語辞典、さらには三省堂の「例解新漢和辞典」の編者代表を務めるなど、生涯に渡って国語辞書界に貢献し続けた。市井の辞書愛好家の中には、「誰にも言ってないけど、実は山田俊雄先生がいちばん好き」という人が少なからずおられるのではないかと、勝手ながら推察するものである。

 というのも、彼は本業の傍ら、実妹である俳人山田みづえが主宰する「木語」という俳句雑誌に、言葉の観察記のような短いエッセイを寄稿し続けていて、これが幾つかの単行本にまとめられており、どの作品も、打ちのめされるくらい鋭くて面白いのである。今では概ね入手困難なので、いっそ発表順にどこかの文庫でまとめて復刊してほしいものだと常々念じている。読者を選びすぎる気がしなくもないけど。

 そんなエッセイ集の一冊、「ことばの履歴」を読んでいたら、不意に見坊豪紀の登場するくだりに行き当たって「おっ」と思った。206ページの「腕をこまねく」という題のエピソードである。かいつまんで説明すると、

  1. 「こまねく」というのは「こまぬく」の変化した(訛った)形であるぞよと、現行の*2どの辞書にも載っているのだが、どうも「こまねく」自体の実用例を引いたものは無いようだ。
  2. 「こまねく」を見出しに立てている辞典を辿っていくと、戦後の「広辞苑」までは行き着くのだが、その前身である昭和10年初版の「辞苑」には「こまねく」の形での見出しはない。
  3. 「拱く」という表記での昭和10年以前の用例なら、昔の辞典に引かれているのが見つかるが、これは「こまぬく」と読むもの。
  4. その後の「こまぬく」の実用例は(50年ほど経っているが)未詳、「こまねく」が台頭してきた当時の実用例も未詳、という状況である。

 そんなおり、山田俊雄の前著「詞林間話」のなかで、

「何もわからず、手をこまねくばかりだった」

という表現を使ったところ、見坊豪紀からの「読後の通信」に

「120ページ8行目「こまねく」は原文のままでしょうか?」

という問い合わせがあった。この「通信」というのが手紙で来たものなのか、読者カードなのか判断に迷うところだが(読解とはときに不安定なものだ)、いずれにせよ、原稿あるいは初出誌に「こまぬく」と書いた部分の誤植ではないかと、わざわざ確かめるために筆を執ったのである。これすなわち、どの辞書を開いても例を引かずにただ訛りであると教えている「こまねく」形についての、共に斯界をリードする同時代の国語学者山田俊雄による貴重な実用例として、見坊豪紀は採集(ハント)するつもりだ、ということである。

 山田俊雄は意図せず「こまねく」の用例を提供したことについて、「ある種の当惑を覚えた」と書いているのだが、それがどのような種類の当惑であったのか、正確に酌み取るだけの力を私は持たない(「採られたッッッ!!!」とか思うのかな?)。わからないなりにも、辞書編集家という人々が、いかに細やかに移ろいゆく言葉の姿を追求し、かつ確かな根拠を持ってその変化を作品に反映すべく、多大な努力を払っているかを示す逸話として、面白く思った次第であります。

 ところで、この「こまねく」という語は、現代の日本語では「腕をこまねく」「手をこまねく」という形で、何もできずに傍観していることを示す句として(あまり日常的ではないものの)使われている。一方、「こまぬく」という古形は、正しい形とされつつも、ほぼ辞書でしか見られないものになっている……という状況を述べて、このエッセイは終わるのだが、こういう話を読んだからには、手もとの国語辞典でひととおり「こまねく(こまぬく)」を調べてしまうのが人情である。しかしその話は長くなるのでまた明日。

 

*1:角川書店の刊行する国語辞典はいくつもあるが、これは今でも(2018年現在)大きめの書店なら新品が置いてある、文庫をちょっと大きくしたサイズのやつである。私が持っているのは1969年の改訂版(1994年の刷り)で、この改訂から山田俊雄が関わっているのか、それとも1956年の初版からなのか確認したいと思っているのだが、未だ実現して(買って)いない。なんで知りたいかというと、56年版から関わってるなら角川が先、69年版から関わってるなら新潮(65年)が先ということになるからである。そんなことを知ってどうするのか? どうもしない。

*2:この稿が起こされたのは1987年〜1991年の間ということである。掲載誌に当たっていないのでこれ以上細かな時期は未確認。