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日々是推敲

「新明解百科語辞典」を知っていますか(2)

前回のあらすじ)Amazonの奥地に棲むという伝説の辞典「新明解百科語辞典」。長く危険な探索行の果てに我々が目にしたものは、奇怪な縞模様に彩られた小口だった……。

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図1 奇怪な縞模様に彩られた小口

 

2)特集ページをひもとく

妙な引きまで作って盛り上げるほどのことかね、と怒られそうなので、百聞は一見に如かず、初めの特集ページをご覧いただこう。

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図2 秋の歳時記(部分)

 

レベル1 歳時記

そう、最初の特集は、いかにも国語系百科事典らしい「歳時記」のコーナーなのだ。写っているのは右上1/4ほどだが、けっこう大胆にスペースを使っているのがおわかりいただけると思う。一文字一行の節約に命をかける過酷な小型辞典編集の世界(妄想)にあって、非常に大らかな編集方針を感じさせる、なんとも気持ちのよいページである。とんぼも楽しげに飛んでいる。

『新明解百科語辞典』の特集ページは、そのジャンルによっていくつかのカテゴリに分けられるのだが、歳時記系はその中でも最大派閥、8コーナーに別れて、本書全体にまんべんなく散らばっている。そのラインナップを列記すると(カッコ内の数字は収録ページ番号)、

・秋の歳時記(16)

・雨の歳時記(42)

・風の歳時記(224)

・雲と雷(374)

・月の歳時記・カレンダー(950)

・夏の歳時記(1060)

・春の歳時記(1178)

・冬の歳時記(1276)

……と、なっている。どれも大胆なレイアウトが施されていて、「春夏秋冬」はまだページ全体にわたって何らかの記述があるが、「雨の歳時記」は見開きの3/4が雨降りの浮世絵、「風の歳時記」は見開きの3/4が凧揚げの浮世絵、「雲と雷」は見開きの3/4が雷神で、風神はいないので右半分はがら空き、という非常に贅沢な紙面の使い方がされている。大迫力の雷神、と言っていいと思う。

どうせなら何とかして実物を手に入れて見てほしいので、雷神の写真は載せないけど、私はこのページを見ていると、「ファイナルファンタジーV」の古代図書館で本から出てくるモンスターを思い出す。「64ページ」がレベル5デスを使ってくるアレである。何のことかわからんという人は、「FF5 古代図書館」でGoogle検索して画像を見てください。

雷神の載っているページは、横長の画面で下に文字があって、左側半分に大きなモンスターがいるという景色が、いかにもFFの戦闘画面なのだ。古代図書館にはイフリートがいたが、『新明解百科語辞典』には雷神がひそんでいるわけである。だからといってべつに襲ってきたり倒して召喚に使えるわけではないが、電子辞書なんかを近づけたら放電して破壊するくらいのことはやってのけそうな迫力で雷を起こしておられる。この文章を読んで『新明解百科語辞典』が欲しくなった人がもしいたら、「374ページ」を開くときにはじゅうぶん気をつけてほしい。

歳時記の話に戻るが、よくよく考えると、頭文字の順に本文に挟まって出てくるというのは、一年をまとめて見ようと思ったときには不便なんじゃないかと思う。せめて「春夏秋冬」くらい、本文の「歳時記」のあとに連続8ページで載せても良かったような気がする。そもそもがフレーバー・テキストみたいなもので、実用性なんか度外視と言われればそうなんだけども……。

 

 

レベル2 伝統芸能など

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図3 歌舞伎(部分)

次に紹介するのは、あえてカテゴリを設けるなら、「伝統芸能を始めとする和の文物」についての特集である。これらのページはわりにまっとうな作りになっているので、とくにコメントできることはない。そのラインナップは、

・歌舞伎

文楽

・能

という伝統芸能の他に、

五街道

・将棋

百人一首

のコーナーがある、というものです。どうです、まっとうでしょう? 囲碁はないのかとか、「文楽」のページがちょっと怖い(主に人形の首の紹介なので)とか、「泰将棋」(25マス×25マスの盤に、93種354枚の駒を使う将棋)というのは大変そうだなぁ(実際に行われてはいなかったという説がある)、とか思うくらいである。

 

レベル3 スポーツ

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図4 アメリカンフットボール(部分)

三つめのカテゴリーはスポーツである。フィールドの寸法などが図解され、ルールや用語について若干の説明がある。見開きの1/8くらいが文章である。どことなく古代ギリシャの壺絵を思わせるスタイルのイラストでプレイヤーの姿が描かれているのがなんともいえず良い。しかし驚くべきはこの左側のページである。

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図5 防具マニアのコーナー(部分)

アメフトは右上にちょこんといるだけで、あとは防具系スポーツのみなさん(アイスホッケー、ホッケー、剣道、野球(キャッチャー)、クリケット)の装備を堪能するコーナーになっている。たしかにアメフトはいかつい装備が目を引くスポーツではあるけど……。ほかのスポーツの防具を並べてイラスト化する必要があったかどうかというと疑問である。もっとこう、チームとか名選手とか、ほかに書くこといっぱいあるだろうと思うのだけど、三省堂編修所はどうしても防具を載せたかったのだ。防具を載せるのに理由はいらないのである。

スポーツ系特集コーナーのほかのラインナップは、

・テニス

・バスケットボール

・ホッケー

となっていて、これだけ贅沢な紙面の使い方をしておきながら、紹介するスポーツをこの四つに絞るというところが粋だと思う。選択の基準が全然わからないのだ。最初見たときには、いわゆる「北米四大プロスポーツリーグ」に準じて選び、日本でも認知度の高い野球は除いてテニスを入れたのかな、と思ったんだけど、よく見ると「ホッケー」はアイスホッケーじゃなくてフィールドホッケーで、この説は採れない。あるいは深謀遠慮の末にこの四つに決められているのかもしれないので、そのへんの事情が分かる人がおられたら、ぜひご一報いただきたい。

勘の良い人にはわかると思うんだけど、それぞれ紙面の1/4から半分くらいのスペースが、「ラケット比較」「ゴール比較」「スティック比較」に割かれています。あえてスポーツ系の特集ページを褒めるなら、わりと十九世紀風の挿絵がいっぱい載っていて楽しい。辞書好きの人というのは語の図解のための線画が好きで、ひいては十九世紀風の挿絵も好物という傾向があると思っているんだけど、みなさんはどうですか。

 

 

レベル4 探偵

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図6 名探偵WHO’S WHO(部分)

次に控えるのは推理小説に登場する探偵の小事典、その名も「名探偵WHO’S WHO」である。「推理小説」の見出しのあるページの次から、なんと6ページにわたって、名探偵たちのプロファイル(略歴、創造者、登場作品)が載せられている。この規模は本書の特集ページ中でも最大のもので、アーチャー(リュウ)からワイン(モウゼズ)まで、100人近い探偵が所狭しと並んでいる。キャノン(カート)の荒々しい略歴なんかを読んでいると、つい登場作品を読んでみたくなるので、読書案内としてけっこう機能していると思う。以下探偵の名前の表記は見出しに準ずる。

マーロー(フィリップ)なんか例の名言(「タフでなければ生きていけない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」)つきで載っているし、ホームズ(シャーロック)級の有名人になると、切り立った崖の上でのモリアティとの乱闘シーンの挿絵付きで載っている。たいへん充実した小事典である。

他に「おっ」と思うところでは、エーコ薔薇の名前」(東京創元社、1990年)の主人公、バスカーヴィルのウィリアムが載っている。たしかにこの辞典が作られていた1990年は、「薔薇の名前」の邦訳がついに出て読書界が盛り上がっていた頃だと思われるのだが(当時四歳なので詳しくは語れない)、他に居並ぶ探偵の方々のように人気シリーズの主役という立場ではないし、ちょっと意外な感じがする。

ひょっとするとこの特集ページ自体、東京創元社のスパイの人が三省堂編修所に忍び込んで入稿したものなのではないか、という想像が頭をもたげてくる。改訂版が出るたびに新しい探偵が載ってページが増えていたりしてると間違いないと思うところだが、残念ながらこの辞典は初版で止まっているので、疑いの域を出ない。いずれにせよ、三省堂編修所の人は戸締まりに気をつけたほうがいいと思う。もっとも戸締まりに気をつけたところで、東京創元社くらいになると、何らかの密室トリックを使って入稿してくる可能性もなくはないけど(注1)。

 

***

 

歳時記、伝統芸能、スポーツ、探偵。次々と襲いかかる四種類の特集ページに悩まされながら、我々探検隊はついにたどり着く。伝説の迷宮『新明解百科語辞典』の奥の奥、未知の怪物たちが眠る特集ページへ……。というわけで以下次回。

 

注1

巻末のクレジットを見てみたら、資料協力のところに東京創元社がありました。スパイではなかった。