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日々是推敲

「新明解百科語辞典」を知っていますか(1)

棚買いをするほどの熱さには達していないんだけど、紙の辞書には愛着がある方で、辞書シーズンの本屋に行くとむやみにうきうきしてしまうし、古本屋でちょっと変わった辞書をみつけると、つい買い込んでしまう癖がある。今回はそんな変わった辞書のひとつ、『新明解百科語辞典』(三省堂、1991年)をご紹介します。

 

この辞書は残念ながらというべきか、あまり広まらなかったようで、現在は改訂もないまま絶版になり、ネット上での言及も極端にすくない。どのくらい少ないかというと、三省堂HPの紹介(古いデザイン)、個人サイトでの言及が一件(2007年)、ブログでの言及が二件(2006、2014年)、レファレンス協同データベースでの言及が一件(2010年)、読書メーターでの登録、レビューが一件(2013年)、ツイッターでの言及が六件(2012-2016年)、あとはAmazonなどの販売サイトと、『新明解国語辞典』についての記事が引っかかるのみ、という、はなはださみしい事になっている。

 

ちょっと他にはない愛嬌のある辞書なのに、このままでは血で血を洗うIT革命の波濤に呑まれ、忘却の海溝に淪滅しかねない(危機感で語彙が増える)ありさまなんである。それではあまりにもったいない。この有意義かつファンキーな辞書が、荒ぶるインターネット世界に少しでも爪痕を残せるよう、微力ながら力添えしたいと思った次第であります。

 

1)外観と概要

何はともあれ、まずはそのお姿を見ていただこう。

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図1 机の上に立つ『新明解百科語辞典』とその他の辞書 右から順に『新明解百科語辞典』の外箱、本体、サイズ比較(兼スタンド)用の『集英社国語辞典 第三版』(2012年、以下『集国』)、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008年)の外箱。『集国』のネオンレッドが朝の光をうけて眩しい。

 

百科語辞典という書名から、『広辞苑』クラスの辞書に匹敵するサイズを持った、一冊ものの百科事典をつい想像してしまうところなのだけど、ごらんの通り外見はB6変形のごくふつうの小型辞典である。

外箱のデザインやカバーの色味が『大辞林』(三省堂、1988年)に似ているな、と思ったあなたは実にするどい。まさに『大辞林』ファミリーの一つで、序文で語られているところによると、

① 未知の専門用語などに出会ったとき、かつての私たちは多巻本の百科事典を引いていた

② しかし多巻本の百科事典は取り扱いに不便で、いつしか『大辞林』サイズの一巻本の大型国語辞典(注1)が、百科事典の代わりに引かれるようになった

③ ならばいっそ、百科語彙のみを集めた、専門用語や固有名詞の検索に便利な小型辞典を世に問うてみようではないか

……というコンセプトで作られたもので、その収録語彙と語の説明は、当時デビューしたばかりの『大辞林』に「多くを拠っている」ということである。要するに抜粋版、親子辞書の関係ですね。ためしに見出しを適当にえらんでコトバンクの『大辞林 第三版』で引いてみると、説明の本文はほぼそのままで、文末にあげられている用例や、作家の項目であげられている作品名などの補足的事項が削られているくらいの違いしかないようだ。もとにした版が古いせいか、『大辞林 第三版』には載ってない見出しもあったりする(「サレカット・イスラム」とか)。

 

「百科語彙のみを集め」た辞書というのが具体的にどういうことか、端的に示そう。「ことば」という項目の前後の見出しを拾ったときに、『三省堂国語辞典 第七版』(以下、『三国』)では(カッコ内に品詞)

・ことのは(名)

・ことのほか(副)

・ことば

・ことはじめ(名)

・ことぶき(名)

……と、並んでいるのに対し、『新明解百科語辞典』だと(カッコ内に略説を付す)、

・ことどり(オーストラリアに棲むスズメ目の鳥)

・コトネアスター(バラ科の低木の属名)

・ことば

・ごとばいんごくでん(後鳥羽院の歌論集)

・ことばがき(和歌の成立背景をのべた前書き など)

……と並んでいる。えらい違いだ。国語辞典では一般的な名詞のほか副詞・形容詞なども載る一方、「百科語辞典」ではより専門的な名詞や固有名詞が載る、というわけですね。また、国語辞典では「ことば」の説明の後に、「ことば」を含む語句、つまり「言葉遊び」とか「言葉尻」といったたぐいの説明が40行ほどにもわたって書かれるのだけど、「百科語辞典」は「ことば」の語義説明(6行)があるのみで、語句は引けない。『集国』や『広辞苑』のような、百科兼用をうたっている国語辞典だと、その中間あるいは両方をカバーしている、といったところである(注2)。「コトネアスター」なんかは『広辞苑』にも載ってないけど。

 

収録語についてはもう少し言いたいことがあるのだけれど、細かい話になるのでそれは後回しにします。先にビジュアル面からこの辞典のただならなさを解説していこうと思う。まず次の写真をごらんいただきたい。

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図2 ただならぬ雰囲気を感じさせる小口

 

このくらいのサイズの辞書にはだいたい備わっている、そのページに載ってる語の頭文字に応じた高さで紙の端を着色することによる階段状のインデックスの他に、うっすらとした灰色の線が何本も入っているのが、おわかりいただけるだろうか? これらはすべて、見開きの「特別ページ・小辞典」なんである。小学生向けの学習国語辞典じゃあるまいし、本文と別の特集ページをこんなにたくさん入れていいのか? だいたい本文に載らないような語を特集だからとたくさん集めても、その分野に興味がない人には無用の長物なのではないか? それともひょっとして、真に実用的な付録なのか? この驚くべき特色の全貌については、項をあらためて明らかにしていく。

 

 つづき

teebeetee.hatenadiary.jp

注1

辞典のサイズを示す名称(大中小)には大きく分けて二つの考え方があって、辞書関係の文章を読むときにはどっちに基準をおいているか注意を払う必要がある。簡単にまとめると、

A)「大辞典」というのは、あくまで『日本国語大辞典』や『オックスフォード英語辞典』のような多巻本の最大クラスの辞典の呼称であるべきで、『広辞苑』など一巻本のものは「中辞典」、『新明解国語辞典』など標準的なB6変形サイズのものは「小辞典」と呼ぶのがふさわしい

B)『広辞苑』など、外で持ち歩くことを想定していないようなB5サイズ以上の一巻本は「大辞典」と呼んで良くて、B6変形以下のサイズのものを「小辞典」、あるいはA6変形以下の縮刷版やポケット版と区別する場合に、B6変形を「中辞典」、それより小さいものを「小辞典」と呼ぶのが便利

……ということになっている。Bの場合に沿って呼ぶときには「大型辞典」と書くなど、「型」を入れるか入れないかで、文章上なんとなく区別することは不可能ではないと思う。しかし商品名としては、『講談社日本語大辞典』のように、大きいは大きいけど一巻本の辞典が堂々と「大辞典」を名乗っていたり、外国語辞典だとB6サイズでも比較的収録語数の多いものは「中辞典」(『ロワイヤル仏和中辞典』など)を名乗っていたりして、「大中小」のついた呼称には辞書の大きさ(収録語数、文字量、版型)を判断する材料としての統一性が無く、都度確認する必要がある。

個人的には、Aの意味での「大辞典」に相当する辞書なんて、いちいち総称を設定するほど種類が無いんだし(だいたい一国一種類)、辛うじて三種類ほど(古いものを含めるともっと多い)が売り場に並んでいる『大辞林』付近のサイズを呼ぶのに、「大」を使わせてあげていいんじゃないかと思う。しかしいざ図書館とかで、『日本国語大辞典』全巻の置かれた棚の前に行って、「我こそは大辞典である」みたいなオーラを浴びてしまうと、かしこまって従うしかないという気がしてくる。困ったものです。

不便といえば不便だけど、しょせん呼び名とサイズは別の問題なので、なるべく注記はしますが、あとはなんとなく文脈で判断してくださいという状況である。言葉のプロ中のプロたる辞典業界がそれでいいのかと思いそうにもなるけど、大体においてこういう歴史的経緯のある用語は、人為的に整理を試みてもまず定着しない、という言葉の厳しさを誰よりもわかっているのが辞書業界なんだと思う。

 

注2

参考のため、他にもいくつかの国語辞典について、「ことば」の前後五つの見出しを並べた表を作った。本文でやったように読みだけでは何のことかわかりにくいので、漢字あるいはカタカナの表記を書いてある。かぎかっこ付きの項目は書名です。

 

表1 「ことば」の前後の主見出し

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出典:三省堂国語辞典 第七版(2014年)、新明解百科語辞典(1991年)、集英社国語辞典 第三版(2012年)、広辞苑 第六版(2008年)旺文社全訳古語辞典 第四版(2011年)、旺文社国語総合新辞典 新装版(1998年)

 

欲張って横に伸ばしすぎたので見づらくて恐縮だが、国語辞典ファンにはこんなちょっとした表でも楽しめる見どころがいっぱい詰まっていることに気づいていただけると思う。

たとえば『広辞苑』と『旺文社全訳古語辞典』にある「ことは(如は)」というのは、古語に見られる「同じことなら」といった意味あいに訳せる言葉で、ややマイナーだが古今和歌集に用例がある。このくらいだと古語辞典じゃなくても『広辞苑』クラスには載るのだが、「主要な古語」を載せているという触れ込みの『集国』では、スペースに限りがあるためか残念ながら載っていない。「如く」や「如し」など同じ語幹のことばから類推しても、やや意味が取りにくい言葉なので、例つきで見出しになっていると親切である。『集国』は初学者の古文の読解に使えるところまでは目指していないということだろう。

その前は「事の由」、「殊の外」と続いているが、「事の由」は古風な言い方と判断されたためか、『三国』では見出しにないし、「事」や「由」の例文や下位項目としても載っていない。一方、『三国』だけにある「事の起こり」というのは、事件もの探偵ものなんかでごくふつうに耳にする連語だが、他の辞典では『集国』が「起こり」の用例に載せているのみで、見出しはもちろん「事」「起こり」の説明中にも出てこない。こんなふうに、「普通に通じちゃうけど、あらたまって意味を考えたことはない」くらいの現代語表現を拾ってくるのは『三国』の得意技といえる。

通じるんだから辞書に載せるまでもないじゃないかと思われそうだけど、そういう言葉は長い時間が経って使われなくなったり意味が変わったりすると、誰も正確に読めない、みたいなことになりかねない(まぁ人生のタイムスケールではなかなか想像しにくいことだけど)。使われすぎて逆に気づきにくい言葉を、丹念に拾って収録してくれるのは、誰がなんと言おうと偉大な仕事なんである。「言葉畑のキャッチャー」……と言うとなんか悲壮感が漂うけど。

下の方を見ると、人名は「後鳥羽天皇」でさえ載ってないのが『三国』なんだというのがわかる。載ってないというと不便なようだが、これは利点でもあって、具体的なイメージを喚起する人名や固有名詞が少ないことと、そっけないくらいフラットな語釈が相まって、文章を書きながら引いていても考えごとの邪魔にならないのが『三国』なんである。辞書というのはけっこうものを言うし、引いたページにいる人名なんかが目に入ると、なんかガヤガヤしてうるさく感じるのだが、『三国』は読んでも書いている文章への集中が途切れない稀有な辞書だと思う。もちろん個人の好みの問題だし、伝わりにくい言い方かもしれないが、大いにおすすめしたいポイントである。逆に説教されたい気分のときには『明鏡』を読む……というのは誇張です。すみません。

「ことばのおだまき」以下の江戸末期の語学書が載ってるかどうかとか、右端の『旺文社国語総合新辞典』についても書きたいところなんだけど、思わず『三国』のプッシュに力が入ってしまって、注が本文より長くなりそうなので、このへんでやめておきます。