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TBLG

日々是推敲

破竹の勢いで任天堂を退職した人について考える

hachiku.biz

 

この空前絶後の勢いの退職エントリについて。書かれている通りの事実であれば、きわめて貴重かつマキシマム有意義な内部告発と言っていいんだけど、文章の端々に読んでて疑問を感じる部分が多々あったので、思うところを書きます。純粋に文章的な検討であって、私自身は全くの部外者、門の外の子ゾウであり(ぱおぱお)、特に任天堂を批判/擁護しようとか、告発者を支援/侮辱しようとかいった意思はない。「ほんとうにあなたの証言する通りの状況だったとして、そんな書き方になりますかね?」というスタンスに基づく、ブログでの暴露記事の(つまり一次資料の)批判的な読み方の一例として、十分な長さの文章に残しておきたくなっただけである。適宜文中でも明言するように、かなり疑り深い読み方の上、憶測山盛りの当て推量も書くので、そういうのがお好みでない方、「妄想乙」みたいなクールな態度の取れない、話半分で読むのが苦手な方は閉じちゃってください。長すぎると思う人は見出しだけ読んでください。三行で終わります。


「ユーザー目線評価」業務での活躍は本当か?

退職エントリの例に漏れず、元職場への熱い思いは入社時にまで遡って語り起こされる。

思い起こせば、就職氷河期の真っ最中、劣等生の私はなんとか滑りこむ形で入社できました。
入社して10年間は、ハードに関する仕事をしていました。
(中略)
そして、退職間際の四年間、私は「ユーザー目線評価」という業務についていました。
今振り返ると、この業務が一番自分の能力を発揮できた仕事でした。
(中略)
私はグループで最も若く技術とゲームに明るかったため、中心メンバーとして働くことになりました。

まずこのへんの書き方から、告発者はもともとゲーム開発を志望していたものの「劣等生」であったために不本意にも製造現場で働くことになったと考えていることが推察できる。後年「ユーザー目線評価」という部門横断的な業務が製造部門の社員に課された際には、よりゲーム開発の現場に近い仕事を与えられたことに喜んでおり、辞めたあとになっても「一番自分の能力を発揮できた仕事でした」と述懐していることにも、開発現場への憧れが表れていると言えよう。開発者との仕事を心底楽しんでいる描写は、読んでいるこちらまで心暖まるほど、幸福感に満ちている。

しかし、ここでの自己評価には疑問をもたざるを得ないというのが私の読みだ。

「ユーザー目線評価」とは、説明の代わりとして引かれているインタビュー記事の内容を読む限り、基本的には開発とは離れた現場で働く、ゲームそのものには比較的疎いタイプの社員を一般ユーザーの替わりに見立て、その率直な感想を参考にするための仕組みであると理解できる。すると、「技術とゲームに明るかったため、中心メンバーとして働くことになりました」という説明とは、部分的に齟齬をきたすことになる。もちろん業務の性質上、当初は製造グループ内で比較的ゲームに明るい人間を、開発側との窓口として配置する、といった采配があったことは考えられる。が、もともと開発志望であった人間が過剰にのめり込んで来ると、「ユーザー目線」という目論見とは外れた、中途半端に玄人っぽい分析ばかりが出てきてしまって、取り組む価値が減じてしまう、といった結果になることが、容易に予想できる。幸福感に満ち満ちたこの時期の仕事ぶりの描写からいっても、アウトプットの質の高低についてはともかく、告発者がのめり込んでいた事については間違いないように思われる。もちろんのめり込む事自体を悪くいうつもりはないですが。

このように見ていくと、以下のような「部長」からの押さえつけも、違った角度から見るべきものであるように思えてくる。

ですが、私どもの活動に理解をしていない人物がいました。
直属の上司である「部長」です。
ユーザー目線評価に係る仕事の相談(特にヒト・モノに関することです)を持ち込んでも、言われることはいつも同じでした。
「開発の仕事なんか手伝わなくていい。職務分掌には書かれてないだろう!」と怒鳴り上げるのです。
部長の本音としては、「他部門から仕事が無いと見られると困る(組織運営力に疑問を持たれる)」「開発の下請けとして扱われるのはプライドが許さない」ということでしょう。

この発言を書かれている文字通りに受け取れば、後段で告発者も述べているように、セクショナリズムに染まりきった管理職の権力誇示である。ゴリラにおけるドラミングみたいなものだね。しかしこれでは本音と発言に差がなさすぎて、管理職の言動としては不自然なほど短絡的であるという印象を拭えない。告発者が勝手に忖度した本音に基づく、一種の悪魔化を意図した描写と割り引いて受け取る必要があるように思う。状況から言って、元々の志望である開発現場に関わる仕事であったために、悪い意味で過剰にのめり込み、その仕事の本来の役割を見失いつつある告発者を、たしなめる意図を持った、常識的な注意だったとも考えられるのだ。

製造現場から生え抜きの人材であったはずの告発者が、開発こそが任天堂の華よね、とばかりに「ユーザー目線評価」に熱中しているのを見るというのは、誰がその上司になっても多少の不快感はあるだろう。加えて、「ユーザー目線評価」にのめり込んで経験を積むあまり、本来開発側が望んでいるはずの「ゲームに疎い人からの感想」が圧迫されかねない事態になってしまえば、当の開発側からの根回しとして、「(告発者)さんはよく頑張ってくれているんですけど、今の感じだと開発目線のディスカッションに偏りつつあるので、外せとまでは言いませんが、それとなくのめり込み過ぎないように注意してくれませんか?」といった風の要望を、部長職の横のつながりで受けていたことすら考えうる。しかし、のめり込んでいる最中の当人には、どんな言われ方で諭されようとも、理解のない無能上司の頭ごなしのセクショナリズムに感じられることだろう。

私が入社して、任天堂の製造部門を取り囲む環境は大きく変わりました。
(中略)
今の製造部門は、ほぼ開店休業状態です。
そんな現状のなか、任天堂の製造部門は規模の縮小や業務の整理ができないままでいます。
縮小するには、役職ポストを失う人が多いのと他部署への人材受けいれが難しい事情があるのでしょう。
(中略)
私は他部門でも働いたことがあるので痛感したのですが、役職者のレベルの低さに驚きました。
自分で部門やグループ運営の計画立案できないし、実行力にも乏しい。
ましてや、事務処理能力やITスキルも一般社員以下。その問題役職者には、例の「部長」も含まれています。
部内に残った少数の優秀な役職者とキーマン一般社員が組織を動かしているという実態です。

ここらへんのやたらエモーショナルな製造部門disも、思い込みの強い文章特有の荒れ(お前の入社が原因で環境変わったのかよ)が目立つし、全体としていかにもステロタイプ老害批判になってしまっていて、告発文に書く内容としては特異性が薄く説得力に欠ける。(どの時点で就いていたのか理解しがたいけど)他部門での職務経験を引き合いに、自部門の役職者のレベルが低いと嘆じたその舌で、「少数の優秀な役職者」の存在を認めてしまっている。働き蟻の例やら20:80の法則を引くまでもなく、もちろんそういう状況は通常考えうるものだが、だったらその優秀な役職者と結託することは出来なかったのだろうか? 単に退職前に愚痴を聞いてくれてた人に悪く思われたくなくて、優秀と言っているだけなのではないか? ついでに言っておくと、特に仕事が認められて異例の若さで管理職に抜擢されていたとかいった傍証もないのに、「中心メンバー」「キーマン一般社員」などというぼやっとした書き方で、裏付けなく自分の重要人物ぶりを自賛するのって、かっこ悪くないですか?

以上のようなわけで、告発者の退職前四年間の、充実した「ユーザー目線評価」での仕事は、本人は元々の志望に近い業務が出来てノリノリ、ただし周りの人間は彼の熱中し過ぎにハラハラもしくはイライラ、という状況だった、という風に、この記事からは読み取り可能である。重ねて強調するけど、あくまで憶測、一つの可能性として。


ハラスメントを人事異動に責任転嫁していないか?

次に問題として取り上げるのは、告発者の聴覚障碍者へのインモラルな態度が垣間見られる部分だ。

ある日の朝礼で私のグループのグループマネージャーから、異動してくる人事発表がありました。
「X日より、聴覚障害者のAさん(女性)が異動してきます。」
常識的に考えて、ゲームの評価において聴覚に障害があるのに業務として従事させるなんてありえません。
私は業務運営に責任を負ってたので、猛烈に抗議を行いました。
(中略)
グループマネージャーは部長には逆らえず、自分の身がかわいいので、イエスマンにならざるを得なかったのでしょう。部門を預かってる役職者にもかかわらず無責任です。

社会通念に照らして、「ゲームの評価において聴覚に障害があるのに業務として従事させるなんてありえません」というのはきわめて不穏当な偏見である。聴覚に障碍があってもゲームを楽しんでいる人はいくらでもいるので、そういったユーザ目線の評価がほしいと思うのは、開発者として特に非常識なことではないだろう。健常者であっても携帯機で音を出さずに、あるいは無視して遊ぶ場合もあるわけで、そういった利用環境に全く思いが至らないのも不自然といえる。

一介の素人でも「聴覚障碍を持っている人の感想も必要なんだろう」くらいは考えられるところに、当のプロが「猛烈に抗議を」したというのでは、直後によほど筋の通った説明がなされない限り、自分の活動範囲に聴覚障碍者が入ってくることへの非常識なまでの悪感情が剥き出しにされていると、読む者に感じさせるのは避けがたい。しかしこの告発者は、自分の行った反論の内容を具体的に書かない。聴覚障碍者にゲームの評価が不可能なのは、改めて説明するまでもない自明のことだと思っているからだ。ただただマネージャーを部長のイエスマンと一方的になじるだけである。ここでは一種のステロタイプを援用して、一点突破的に自己正当化を図ろうという執筆態度が透けて見える。

いずれにせよ、聴覚障碍そのものは問題にならなかったことが明かされる。が、

しかし、問題は別のところで発生します。
彼女はゲームの感想をうまく書けないのです。
聴覚障害者に見られる「9歳の峠(壁)」と呼ばれる言語表現の未熟さのため、「書く」ということに大きくつまずいてしまいました。
社内を探せば、彼女が苦労せず出来る仕事もあるはずなのに、向いていない酷なことをさせてると思いました。
どう考えても彼女の不得意なことをさせる必然性は無いのです。
彼女も真面目なので、彼女を世話をする女性社員に「ろう学校でまじめに勉強しておけばよかった」とずっとこぼしていました。時にはうまく書けないことを悔しく思い、涙を流すこともありました。

ここまでの文章に書かれている人間関係を素直に解釈すると、告発者が所属していたのは製造本部の中で「ユーザー目線評価」を主に行うグループで、上にはこの仕事に否定的かつ無能で無責任(と告発者が主張する)部長がいて、グループマネージャーは部長のイエスマンであり、その下に告発者、女性社員、新たに入ってきた聴覚障碍者が平のメンバーとして働いている、ということになる。平のメンバーの中では、(おそらく最もやる気のある)告発者が「中心メンバー」であるということから、役職的な上下関係はないものの、「ユーザー目線評価」に関しては他のメンバーからのアウトプットを取りまとめ、ある程度の評価・助言を施す立場にあったものと考えられる。「業務運営に責任を負って」いたというくらいだから。

以上のような状況では、聴覚障碍者が「言語表現の未熟さの」ために「大きくつまずいて」いるというのは、多分に告発者自身の主観的評価が含まれていると考えるのが妥当である。異動の裁量をした人物の立場からすれば、文章能力の低さを織り込み済みで、周囲の社員よる聞き取りなどを駆使しても、聴覚障碍者の感想を得るという目的のために仕事を任せる、ということは十分考えられる。その場合、「中心メンバー」の協力さえあれば、挫折するほどの無力感に陥るような事態は想定されないだろう。なにしろあんなにこの業務に対して熱心なんだから、きちんとコミュニケーションを取ってうまくやるだろうと。

こう考えていくと、求められている仕事の質の変化を一切考慮せず、自分がやってきたのと同質・同等のアウトプットを新入りにも要求するのが当然と思い込んだ、告発者の非情な振る舞いによって、彼女は追い詰められたのではないかとすら想像しうる状況である。だからこそ、心労を女性社員にこぼすにとどまったのではないか。頭ごなしに「向いていない酷なことをさせている」と決めつけている差別主義的な告発者とは、最後に至るまで適切なコミュニケーションが取れなかったのではないか。

そしてここで、まかり間違えば人命に関わる重大な不祥事が暴露される。

ある日の午後、彼女が自席から消えました。
世話役の女性社員の携帯に、睡眠薬を大量に飲んで自殺することをほのめかすメールが届きました。
関係者が必死に探したところ、消えた彼女は駐車場に止めてある自分の車の中で薬を飲んで、目をつぶっていました。
車の外から呼びかけても音が聞こえず通じないので、無理やり鍵を開けて助けだしたのですが、彼女の様子から大量の睡眠薬の影響があったようです。

会社のマニュアルでは、総務部門が救急車を呼ぶことになっているのですが、現場に駆けつけた「部長」と総務のグループマネージャーが結託し、事が大ごとになるのを避けるため救急車の出動を要請しないことを決めてしまいました。
総務のグループマネージャーが地元の病院に運んだのですが、救急扱いでは無いので待合室で診察の順番が来るのを意識がもうろうとしながら待たされて、胃洗浄の処置を受けて自宅へ返されました。
(中略)
総務のグループマネージャーは事業所労働者の安全衛生や生命を守る役割があるにも関わらず、不祥事の発覚を恐れて救急車を呼ばないという人命軽視の判断がまかり通すのは酷い話です。
(中略)
そして、このような事態を起こすことになったハラスメントまがいの人事異動を決めた「部長」は全くペナルティを受けていません。これも腹立たしい話です。

発見に至る経緯からいって、睡眠薬の過剰摂取がほぼ確定的な状況でありながら、不祥事による処分を恐れて救急車の要請を避けたという「部長」と「総務のグループマネージャー」の判断は、厳しい処分が下されてしかるべき人倫に悖る行為だ、という主張が展開されている。だがこの部分にも、読んでいて納得しがたい記述が多く含まれており、告発者の証言をそのままの事実と受け取ることは難しい。

捜索の様子については「関係者が必死に探したところ」としか書かれていないが、想像するに、直接の同僚である女性社員、告発者、その他同じ部屋にいた数人くらいがすぐに思い当たる場所へ走り、そのうち一人は管理職へ連絡にあたり、適宜異常を察した人に応援を頼む、といった程度の規模であったと思われる。具体的な服用量や経過時間についての情報はないものの、過剰摂取後朦朧としながらも昏睡まではしていないという状態で発見できたということから、おそらくは所持していた全量の睡眠薬を衝動的に一気に飲み、事後三十分程度で発見された、といった状況だったと推測できる。かなり雑な推測だけど、家族への連絡や全社的な騒動の記述が現時点では無いので、自殺予告メールのあと何時間も足取りがつかめなかったとは考えにくい。

ここで告発者は、会社のマニュアルを楯にして、発見直後自分が直ちに救急車を呼ばなかったことを当然のように書いているが、それは睡眠薬の過剰摂取が直接死につながると信じている人間の行動として、正しいといえるだろうか?

逆に、発見者からの連絡で駐車場に駆けつけた部長たちの立場からすると、第一発見者が直ちに救急車を呼ぶ判断をしていないことや、朦朧としながらも意識を保っている状態の彼女を見て、念のため病院に連れて行けば十分という判断を下すのは、あながち不自然とも言えないのだ。通常病院で一度に渡される量の睡眠薬を一気に飲んだくらいでは致死量に達しないからだ。周囲に大量の飲酒をした形跡や、中身の不明な薬物の包装が散乱している、といった状況で発見されたなら別だが、睡眠薬のみに関する限り、一気飲みには十分な対策が施されていて、他の既往症との組み合わせによるなど不幸な例外を除けば、致死的なものではない。このご時世、部長クラスの年齢であれば衝動的な大量服用についての知識や経験があってもおかしくはないし、保身を優先したのであれば、「まず大丈夫だとは思うけど、のちのち人命軽視ということで不祥事になったら嫌だから、念のため救急車を呼べ」という判断を下すほうがまだしも自然だろう。この解釈ならば、病院に到着後、朦朧としつつも順番待ちの上処置を受けたという説明とも整合性がある。受付で重篤な状態が察知されたなら、病院側がその時点で急患扱いにしない理由はない。病院で順番待ちにされる程度の容態だったのであれば、救急搬送を不要と判断したことが即ち人命軽視の暴挙、とは言いがたい。

ただしこの理由による擁護を告発者にも適用することは出来ない。繰り返しになるが、自ら書いている通り、睡眠薬の一気飲みで人が死ぬと信じているからだ。信じていたのなら、自ら通報するのを躊躇って、部長やマネージャーの判断を待った理由は何だ? 実にこれがマニュアルだというのだ。これこそ自己保身だという誹りを免れ得ないのではないか? 現場への到着が遅れるかもしれない総務の判断を要求し、緊急時に第一発見者による通報を支持しないという不可解なマニュアルが制定されていることに、なぜ事後的にでも怒りの矛先が向かないのか? 自らの不作為を正当化する限りにおいては、人命軽視のマニュアルも正しいとされるのか?

そして返す刀でという感じで、告発者は再び「部長」の行った人事そのものがハラスメントであり不適切だったと怒っている。適材適所を考慮しない無能な人間の采配であって、追い詰めて退職させるためだったと言わんばかりである。当然そういうことも考えうるだろう。だがこの告発の書き方では、「私のグループに聴覚障害者を持ち込んだのがそもそもの間違いだったのだ」と、差別感情を吐露していると読まれても何ら不自然ではない。むしろそっちが本音なんだろうと。

もちろん、「未記載の事実」を含むという関係機関への通報内容や、任天堂の応答、あるいは内部調査の結果が表に出ないことには、私の言っていることは全面的に憶測でしかない。しかし、一貫して一方的に「部長」の人事を問題視し、聴覚障碍をもつ彼女のプレイレビューを業務に反映させる仕事を任されていたという可能性を一顧だにせず、聴覚障碍が理由で言語能力に難のある人間のテストプレイは不要/不可能と断ずるという、常識的には考えにくい強硬な態度には、やや過剰な攻撃性が表れているように思う。仮に彼女に業務上の能力が不足していたというのをそのまま信じても、聴覚障碍を前面に押し出して説明する必要はどこにも無いからだ。「だって障害者だったんすよ? 使えなくて当たり前ですよね?」という前近代的でインモラルな共感要求を、自分の立場の正当化に援用していると読むのが妥当なところだろう。自らが職場で無意識下に感じていた疎外感や、同僚を自殺未遂に追い込んだ罪悪感を圧し殺し、エリート幻想を維持するための、一種の代償作用なのではないかと疑いを持って読めるところだ。

有り体に言えば、自分が持っていた偏見に起因するコミュニケーション不全が火元となって不祥事が起こったことに耐えられず、そのせいで退職せざるを得なくなったということを認められず、「無能な上司の放漫かつ非人道的な職務態度および使えない障害者」、という設定に責任転嫁することで、辛うじて自尊心を保っている姿が、文章の背後に浮かび上がってくるのだ。繰り返し強調しているように、追加情報がなければ事実についての正確な判断は出来ない。しかし、この告発文を丹念に読む限りにおいては、通常持ちうる公平さに欠けるほど他責的で、自己弁護のためには細部を見落としがちな人格を感じずにはいられない。


退職以外の選択肢がなかったとは思えない

事件の記述以降も、告発者は「部長」の不適切な行動、あるいは職務上の失敗を列挙して攻撃を加え続ける。女性契約社員と真っ昼間からお籠もりになっているなんてのは、当然想像しうる不適切な行動が事実であれば告発されるべきことだろうし、その事実がなくても首を傾げざるを得ない状況であることには同意できる。一方、「部長」の決済した案件の失敗例として挙げられているものについては、おそらく社内ではよく知られていることであって、この告発者が「部長」の無能ぶりをあげつらってデモナイズしよう、リークに至った自分が常識的で正義であるという演出に使おう、といった意図以外には特に役立っていない。ともあれ、かように「部長」の下で腐敗しきった職場から逃れるべく退職したのだ、ということについては、退職エントリの主旨としては普通だし、まぁよかったと言うべきだろう。誰にだって合わない職場というのはある。卒業おめでとうございます。

しかし、である。

(当然、社内異動を考えましたが、私が抜けたらグループが休止状態になるのは予測でき、同僚に迷惑が掛かってしまいます。そこまでの身勝手は出来ませんでした。)

この記述の意味するところが私には理解できない。異動で抜けたらグループが休止するので迷惑かかるけど、退職でやめるなら迷惑はかからないのか? わからないので時間を置いて何度か読んで考えたんだけど、「ユーザー目線評価」という業務そのものは、どの個人がいなくなったって開発現場以外の自社の人間さえいれば存続可能と考えられるし、異動だと休止で退職だと休止しないというのは、せいぜい逆なんじゃないかとしか思えない。元メンバーが退職しないで他の部署にいる限り、かつての同僚は飼い殺しにされるという謎ルールでもあるのか? それとも「俺が他の部署でサクッと出世して、俺を認めなかったお前らグループの仕事なんて社内政治で休止にしてしまうぜ」みたいなこと? 自分で書いててわけがわからなくなるくらい徹底してわからん。

ここでまた想像の幅を広げて考えるわけだが、おそらくグループの休止云々というのは告発者の内的かつ未完成な理由付けであって、実際には異動のみを厳命されていたのではないか。人間関係での失敗を認めて、グループを離れても任天堂内に別の職場を得るか、逆らって退職するかの二択を迫られて、プライドを優先するために退職を選んだ、といったあたりが客観としては事実に近いのではないかと思われる。もちろんそういうのはむやみに卑下すべきことではなくて、外から見れば多少の無理があっても自我を守りつつ、新天地を求めて行動を起こす、という決断は、常に尊重されるべきである。告発のタイミングなんかを考えると、まだ半身囚われているような気もするけど、まぁこれを境に未練を振り切るのがいちばんであると思う。

以上のように、ほぼ全面的に告発者に批判的なトーンで件の告発文……というか退職報告を読んできたが、告発の大意である、製造本部の組織転換の遅れだとか、やや旧弊なマニュアルの存在(実のところ何のためのマニュアルなのかもようわからん)なんかは、まぁ事実だとしたら直したほうがいいよね、と思う。始めに書いたように、任天堂についても告発者についても、特に非難しようとか擁護しようという意思はない。ついでに言っておくと、「部長」に対するかなり過激な個人攻撃を含む告発だとは思うけど、やや心身損耗の気配が感じられる文であるとも思うので、これを根拠に「最強の法務部」だかが全力で個人を潰しにかかろうとしたら、個人的にはちょっと引く。告発者自身に聴覚障碍者に対する配慮が欠けてるんじゃないのという点と、文章の端々に見られる多量の不備から言って、証言通りの事情があったとは到底信頼しがたいから、カウンターインフォメーションを待ちましょう、というのが本稿の主旨であります。

クソ長い上にどっちつかずの結論で、ブロゴスフィアのマナー的にはブルシットみたいなエントリかもしれないけど、まぁとにかく。