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日々是推敲

「新明解百科語辞典」を知っていますか(3)

(前回までのあらすじ)ブダペストで謎の死を遂げた防具マニアで推理小説好きの世界的大富豪が、妻の忘れ形見である一人娘に託した遺言は、「『新明解百科語辞典』の謎を解け」だった……。

「新明解百科語辞典」を知っていますか(1) - TBLG

「新明解百科語辞典」を知っていますか(2) - TBLG

 

2)特集ページをひもとく(承前) 

レベル5 怪物

『新明解百科語辞典』には、二十一世紀に生きる我々がもはや想像力の中でしか出会うことの出来ない怪物たちが眠っている。彼らは並みいる他の有用な百科的項目(「しゅりょうごんぎょう」とか)を押しのけ、大胆に図版を配置した特集ページという独立した王国を確立した。それも三つも。百科事典という、それを手に取る個人にとって知識と非知識のあわいにある領域こそが、実在と非実在のあわいに棲む自分たちにとっては最適の居場所なのだと考えているかのようだ。そんな居心地のいい、都会の喧騒を離れて潮騒とか木々の葉擦れとか吹雪だけをBGMとする文人たちの愛した隠れ家バー的にこじんまりとした小百科事典をわざわざ暴き立てるのも申し訳ない気がするが、辞書は「取材おことわり」みたいなことをとくに言わないのがいいところなので、暴き立てさせていただこうと思う(ぎこちない敬語)。次の写真をごらんいただきたい。

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図1 絶滅動物小辞典(部分)

はじめに訪れるのは(順番は私が決めている)、オオウミガラスドードーやリョコウバトの登場する「絶滅動物小辞典」である。1600年以降に絶滅が確認された動物が6ページに渡って解説され、図版は見開きごとに4点の計12点がならぶ。図版のほとんどは鳥類で、哺乳類が2点(クアッガとフクロオオカミ)あるほかは全て鳥である。

私は思うのだけど、絶滅した鳥の復元図は物悲しい。絶滅哺乳類だって物悲しいと言えば物悲しいが、化石からの復元くらい古くて不確かなものでないと、ある地域で絶滅していても他の地域では似た姿の動物が残っていたりするので、「近代になってこの地域のこのサイズの種が絶滅した」と思えてしまうところがある。剥製が残っていたりするとなおさらである。しかし鳥類は、近縁種であっても模様や体のバランスが多様すぎるゆえに、見た目の印象の固有性が高く、まるではじめから誰かの想像で書かれた動物みたいに見えてしまうのだ。そのことが余計に儚さを感じさせる。冒頭に掲げたオオウミガラスでさえ、現存のペンギンと比べると、受ける印象がかなり違う。どことなくおじいさんの古い記憶を思わせるフォルムをしている。

あるいは人間というのは、鳥の姿形や行動が気になって仕方ないという生理的特徴を備えているのかもしれない。だからこそ珍しい鳥を見たとか鳥の行動がどうだったとかが吉兆を占うのに使われたり、地域でスズメの数が減ったりしたらすぐに地方紙の見出しになったりするのである。

そんな物悲しげな古い記憶の鳥たちに誘われ、さらなる未知の怪物たちが待つページへ……。

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図2 未確認動物小事典(部分)

ここはいわゆるビッグ・フットやネッシーの世界である。4ページの小事典だが、みごとなまでに図版はビッグ・フット系のやつとネッシー系のやつで占められている。本文のほうにはさすがに他の種類(ツチノコとか)もいるけど、ごく少ない。このページを見ていると、なんだか人類は大昔からビッグ・フットとネッシー状の生き物の目撃ばかりして生きてきたような気がしてくる。雪男とシー・サーペントと言ってもいいし、大脚怪とトッシーと言ってもいいけど。このくらい地域も時代も(まぁだいたいの目撃例は十九世紀以降なんだけど……)違うのに、似たような姿の怪物が念入りに並べられると、まるっきり集合的無意識の産物みたいに見える。海原や岩山自体が潜在的にこれらの動物の姿を想起させる光学的パターンを持っているんじゃあるまいか。木肌に人の顔が見えるのと同じで。

残念に思うのは、3ページ目にはビッグ・フットの渋い横顔が三段ぶち抜きで配置されていたり、説明文中に別称の出てくるものはそれもいちいち見出しに立てていたりして、企画したはいいけどそんなに書くことなかった感が漂っていることだ。「名探偵」や「絶滅」の充実ぶりとはえらい違いである。説明じたいも油断しているフシがあって、ある生物の説明では「巨大なタコなのではないかといわれる」と書いてあり、別のには「湖面を移動する細長い丸太のようなもの」などと書いてしまっている。目撃証言を正確に描写したまでよと言われればそうなんだろうけど、これではあまりに身も蓋もない書き方ではないかと思う。それは巨大なタコであって細長い丸太なのではないかと思っても責められはしまい。

あと「アルマ」という怪物の説明にある「ソ連版雪男」というフレーズに、ふいに時代を感じさせるところがあって見事である。ほとんど地球の世界観設定だった東西対立が、一方の覇者であるソ連の崩壊によって終わりを迎えて久しいが、「ソ連版雪男」という文字列を見ていると、雪男にとってさえソ連はあったのだという気がしてくる。実際にはそんなことはなくて、彼らは国や主義とは関わりなく、黙々と吹雪にまぎれて存在と非存在のあわいをさまよっていただけなのだろうけど。

そんな雪男たちの踏み跡をたどるようにして、我々はついに『新明解百科語辞典』の最深部、神々の眠るページへ……。

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図3 キメラ的怪物小事典(部分)

ガルーダに襲われてる女禍が飛んで逃げてる構図に若干なってるショッキングなページを筆頭に、4ページにわたって、全くの想像上の生物、複数の動物の合成として描写される怪物たち(その多くは神とみなされる)の特集が組まれている。ほぼ全て中国・インド・ギリシアで、中東(シュメール~ペルシア)と日本がちらほら、といったところである。もっと中南米とかポリネシアとかいろいろ足して6ページにしてほしかった気もする。

こうして並べられると、どうしてこんなに合成獣というアイディアは世界中にあるのだろう……と考えこんでしまう。考えるというより妄想が広がると言ったほうが正しいかもしれない。古代の人々が、想像上の生き物とか、ごく僅かな人にしか目撃できない生き物の姿を語ろうとするとき、いくつもの既知の動物にパーツごとに類比して伝達するしかなかったからなのだろうか。未知の動物を描写するのに、既存の動物の名前に頼るしかないという言語表現上の制約が、地球上にかくも多くのキメラを生んだのか。それとも綿密に系譜をたどることで、一体の最初の合成獣まで遡ることができるのだろうか。


3)辞書と妄想と紙

妄想が広がる……というのは、常識的には辞書の機能としては全く求められないものではあるが、「紙の辞書」の将来を考えると、実は悪いアイディアではない。

 

もちろん携帯性、検索性、可読性において、電子辞書(専用機だけでなくタブレットなどのアプリも含む)は紙の辞書を圧倒しつつあって、その流れは今後も止まることはない。一例をあげるなら、現時点では紙が優位な一覧性でさえ、電子辞書のものになりつつある。ディスプレイの表示能力の面ではすでに実現可能で、あとは大量の文字を表示しストレスなく操作できるアプリケーションがあれば、ほとんど紙の辞書そのままをタブレットに映して利用できるようになるだろう。

ふつうの小型辞書を開くとだいたい10インチぐらいの画面に5000-6000文字くらいの文章が並んでいるのだが、今のタブレットの描画能力があれば、これをそのまま再現するのは非現実的なことではない。紙の辞書のレイアウトのまま、文章だけをスクロールするなんて芸当もそのうちできちゃうかもしれない。そういうアプリがまだないのは、電子辞書には「いくら文字を大きく表示しても物としてのサイズが変わらないのが利点」という考え方が根強くて、わざわざ小さな文字で表示するメリットの追求が遅れていたせいだろう。

三省堂はこのへんの克服に意欲的で、最近出た「エースクラウン英和辞典」のアプリ版では、目的の語の前後も一覧できる表示体系を一貫して利用するようになっている。それだけでなく、文字入力によらない検索操作の洗練と、複数の箇所を同時に開いておける画面レイアウトによって、電子辞書アプリに感じる不満を非常に効果的に解消している。

この方向に進んでいけば、紙の辞書では絶対に不可能な、頭文字順(ふつうの辞典)と分類順(類語辞典)の切り替えができて、そのための洗練されたインターフェイスを持つ辞書が実現するかもしれない。欲しい。

 

しかしそれはそれとして、どれほど本文の見た目や操作性が紙の辞書に近づいても(あるいは乗り越えても)、同じ空間に存在している物体、という存在感だけは再現できないように思われる。辞書は情報の集積であると同時に、立体的な造形作品でもあるのだ。必要な情報を取り出すという本来の用途の他に、ワンアクションで自分の抱えている個人的な言葉の体系から少し離れて、一時的にもっと大きな言葉の体系によりかかることで、頭のコリをほぐすような効果を私は紙の辞書に感じる。

読み書きを山登りにたとえるなら、背負った荷物を下ろして、岩に腰掛けて周りの地形を見るような、あるいはそのへんの動植物に目をとめるような時間が、紙の辞書を開くときには流れているように思う。電子辞書では同じことが起こるか? と考えてみると、電子辞書には使い手に高い能動性を要求する傾向があって、上と同じたとえで言うなら、地図を見てるのは同じでも、ルートを確認している、といったような、しっかりと目的がある動作という感じがする。

そんなのは読み手側の気持ちの問題だ……と理屈では考えられるのだけど、紙の辞書が持つ物体としての存在感が上のような実感をもたらしていると私は思う。電子辞書にはどうしても、自分が操作しなければこの辞書──画面に表示され、視覚を通じて人間の肉体とつながる──は存在すらしていない、という距離感がつきまとう。情報として機器に格納されているとわかってはいても、目にする辞書の紙面は私自身の操作によってその都度生成されているという感触がある。一方で紙の辞書は、私とは無関係に隣に存在していて、「ま、読むなら読めよ」という感じで開かれるのを待ち、待っている間にも気配を放っている。同じ空間に居続ける。これは「自分が見ているから世界は存在する」という世界観と、「自分がいなくなったあとも世界は存在する」という世界観との間の違いに似ている。

この違いがなぜ大事なのか? 哲学的な議論に踏み込むのはひかえつつ(畏れ多い)、ひとつ実用的な論点をあげるなら、辞書にはセレンディピティの媒介になるという二次的な(本来の目的の外という意味で)用途があるからだ。そのためには、手頃なサイズと豊かな内容という相反する要求をなんとか工夫して満たしていこうという職人的手仕事(注1)とともに、物体としての存在感が必要になってくる。

手のひらに乗るくらいのサイズの500万文字(ふつうのB6版の国語辞典がだいたいこの文字数)の書物があって、そこには通常の連想では考えられないような順番で──なぜなら隣り合った項目で共通するのはほとんど頭文字だけなので──さまざまなイメージが並べられている。それを視野の外でちょっとずつ捉えながら調べ物をしていると、意識下で勝手に連想が生まれたりくっついたり離れたりして、新たなキメラが生まれる。そのほとんどは意識下のままに忘れ去られるが、運が良ければ新たな発想の種として意識上に浮上してくるかもしれない。もっと運が良ければ発芽して育つかもしれない。頭のコリをほぐすと言ったのはこういう意味で、これはこれで立派な効用である。検索性や可搬性を犠牲にしてでも維持する価値がある。

そしてその効用──セレンディピティをもたらす祈祷書としての効用──のためには、「開き、読む」という極限まで削ぎ落とされた操作性がなにより肝心で、かつ分子的世界で具体的な量的実感を持てる姿形をしていることが重要になる。

 

いま手近にB6サイズのふつうの辞書がある人は、それをちょっと取り出してみてほしい。箱に入っていたらそこから出し、できればカバーも外して、机に置く。そのうえに手を乗せてみる。どうだろう、ちょうどあなたの手より一回り大きいくらいではないだろうか? なんとなく親しみが湧かずにはいられない。

次に右手を上に向けて脱力し、そのまま親指の付け根だけを少し動かして、ほかの指に向かい合わせてみてほしい。そのとき指で囲まれている空間は、辞書にぴったりの幅ではないだろうか? 試しに左手で辞書を持ち上げ、背表紙を右手の手のひらにつけるようにあてがう。そして自然に右手の指に力を入れる。なんて持ちやすいんだ! 間違いない、人間の手は辞書を持つために進化したんだ!

握っていた指を開き、同時に辞書のページも開く。私がいま手にしているのは、自分の脳と手の延長のように存在する炭素と水素と酸素(とその他少量の元素)の塊である。だんだんと身体の一部のようにさえ感じられてくる。しかしまた、この塊はより大きな流れ──人々が使ってきた言葉たち──の一部を切り取ったものでもある。いや、実際には切り取ってさえいない。なぜなら私が開き、読むことで、この辞書はいつでも大きな流れの一部になれるし、私がいなくなったあとも、誰かに読まれさえすれば大きな流れの一部に戻れるのだ。

そしてそこに書かれている物事の配列は、私たちがふだん思い出したり連想したりする物事の集合とは大きく異なる。自分ひとりの頭で考えているのとは全く違うやり方で、脳の底に溜まった記憶を浚ってくる。辞書のページを埋めているのは、ある言語が文字とともに発達したことによって副次的に生じたイメージの配列であって、詩とも散文作品とも違う謎めいた力を放っているように感じられる。その力はまだ十分に汲み尽くされていない。この「新明解百科語辞典」のように、原理的には古くからの国語辞典でありながら、収録語彙の範囲を固有名詞に大きく振ることで、新たな魅力を獲得するような例があるからだ。

 

「新明解百科語辞典」のようなコンセプトの辞書が更新されずにいるのは、とても残念なことだ。親辞書の「大辞林」と通常の小型国語辞典との間に挟まれた、かなり特殊な(使う人の姿勢によってはきわめて不便な)辞書であるというのは否めないが、ことばの抽象的側面を削ぎ落とし、具体的でカラフルなイメージばかりがならんでいる紙面は、ひとたびその性質を心得ると、麻薬的な楽しみとしてあなたの心に棲みつくだろう。


4)おわりに

冒頭で掲げたこの辞書の企画意図をあらためて振り返ってみよう。

① 未知の専門用語などに出会った時、かつての私たちは多巻本の百科事典を引いていた
② しかし多巻本の百科事典は取扱いに不便で、いつしか『大辞林』サイズの一巻本の大型国語辞典が百科事典代わりに引かれるようになった
③ ならばいっそ、百科語彙のみを集め、専門用語や固有名詞の検索に便利な小型辞典を世に問うてみようではないか

……というものだ。あらためて言うまでもなく、それから25年以上たった今では、前提条件が大きく変わっている。みんなグーグルで検索しちゃうから、あえて小型辞典サイズに百科語彙をまとめておいても、べつに便利だとは思われないんである。これでは復活の余地はない……と思いそうになるけど、しかしそれは、検索性という観点から見た場合に限って言えば、ということでもある。「固有名詞ばかり並んでる紙の辞書」という立体作品が、それを手に取る人間にもたらす効用というのは、あらためて見直されるだけの価値があると思う。

とはいえ、序文を読んでいると、この辞書の利便性、必要性というところに関しては、製作者側もどことなく半信半疑だったフシがあって、「大辞林」からの抜粋の他に、「中学校・高等学校の教科書から語彙を採集して、学習にも役立つようにいたしました」と書かれている。実用性を上積みしておきたい、という意欲というか色気のようなものが感じられる。しかし(当然ながら)許される紙幅の関係上、専用の用語集や小事典に比べるとかなり見劣りする内容ではあって、「これ一冊で用語集とかは買う必要なし」というものにはなっていない。辞書の記述は質実剛健、ぎりぎりまで真面目に徹するのが味だが、学習参考書としての用語集には、記述式問題のための文例集的な性質も要求されるので、語釈のスタイルが根本から異なるとさえ言える。

それでも現実的には、高校生向けの需要を掘り起こすというのが、昨今の紙の辞書の一般的なサバイバル戦略だ。増ページをしてでも用語集や小事典の代替になれるよう内容を増やし、「固有名詞(注2)ならなんでも載ってるスゴいやつ」として刷り込みを狙う……という方向性くらいしか、復活の道はないという気がする。そしてどんな形であれ復活できれば、このカラフルなイメージに満ちた書物は、誰かの手の中で無意識に働きかけ、心をマッサージする効用を発揮すると思う。そこに名探偵や怪物たちがいなくても。

 

___

 

注1
職人的……というと昨今の統計的アプローチによる辞書づくりを否定しているように思われそうだが、そういった意図はない。というより、頻度分析に基づいた収録語の選定や語義の配列というのは、あくまで「限られたサイズで最大の効用を」という目標のために使われるツールの一つであって、有用な一冊の辞書を作る限りにおいて、それは常に「職人的手仕事」と見做せるように思う。無限にスペースの拡大する電子版とはちょっと違う役割をこれからも担ってもらう必要がある。

注2
「用語集」というのは山川出版社の「地理用語集」とかのような本のことだが、こういう本では固有名詞以外に重要な名言や概念についても文のかたちで立項されている、ということが事態を複雑にする。いずれにせよ「用語集」のような、単元別に関連語彙がまとめられた構成は辞典としては実現不可能なので、ある程度見切りをつけた語釈にしなくてはならない。「小事典」はもうすこし一般的な辞典に近いが、教科別小事典自体がすでに数を減らしつつある状況である。ただ教科ごとに何千円と出すのがためらわれるというだけで、逆に「これ一冊で全教科」3000円、というのが出たら意外と売れるような気もする。

「新明解百科語辞典」を知っていますか(2)

前回のあらすじ)Amazonの奥地に棲むという伝説の辞典「新明解百科語辞典」。長く危険な探索行の果てに我々が目にしたものは、奇怪な縞模様に彩られた小口だった……。

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図1 奇怪な縞模様に彩られた小口

 

2)特集ページをひもとく

妙な引きまで作って盛り上げるほどのことかね、と怒られそうなので、百聞は一見に如かず、初めの特集ページをご覧いただこう。

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図2 秋の歳時記(部分)

 

レベル1 歳時記

そう、最初の特集は、いかにも国語系百科事典らしい「歳時記」のコーナーなのだ。写っているのは右上1/4ほどだが、けっこう大胆にスペースを使っているのがおわかりいただけると思う。一文字一行の節約に命をかける過酷な小型辞典編集の世界(妄想)にあって、非常に大らかな編集方針を感じさせる、なんとも気持ちのよいページである。とんぼも楽しげに飛んでいる。

『新明解百科語辞典』の特集ページは、そのジャンルによっていくつかのカテゴリに分けられるのだが、歳時記系はその中でも最大派閥、8コーナーに別れて、本書全体にまんべんなく散らばっている。そのラインナップを列記すると(カッコ内の数字は収録ページ番号)、

・秋の歳時記(16)

・雨の歳時記(42)

・風の歳時記(224)

・雲と雷(374)

・月の歳時記・カレンダー(950)

・夏の歳時記(1060)

・春の歳時記(1178)

・冬の歳時記(1276)

……と、なっている。どれも大胆なレイアウトが施されていて、「春夏秋冬」はまだページ全体にわたって何らかの記述があるが、「雨の歳時記」は見開きの3/4が雨降りの浮世絵、「風の歳時記」は見開きの3/4が凧揚げの浮世絵、「雲と雷」は見開きの3/4が雷神で、風神はいないので右半分はがら空き、という非常に贅沢な紙面の使い方がされている。大迫力の雷神、と言っていいと思う。

どうせなら何とかして実物を手に入れて見てほしいので、雷神の写真は載せないけど、私はこのページを見ていると、「ファイナルファンタジーV」の古代図書館で本から出てくるモンスターを思い出す。「64ページ」がレベル5デスを使ってくるアレである。何のことかわからんという人は、「FF5 古代図書館」でGoogle検索して画像を見てください。

雷神の載っているページは、横長の画面で下に文字があって、左側半分に大きなモンスターがいるという景色が、いかにもFFの戦闘画面なのだ。古代図書館にはイフリートがいたが、『新明解百科語辞典』には雷神がひそんでいるわけである。だからといってべつに襲ってきたり倒して召喚に使えるわけではないが、電子辞書なんかを近づけたら放電して破壊するくらいのことはやってのけそうな迫力で雷を起こしておられる。この文章を読んで『新明解百科語辞典』が欲しくなった人がもしいたら、「374ページ」を開くときにはじゅうぶん気をつけてほしい。

歳時記の話に戻るが、よくよく考えると、頭文字の順に本文に挟まって出てくるというのは、一年をまとめて見ようと思ったときには不便なんじゃないかと思う。せめて「春夏秋冬」くらい、本文の「歳時記」のあとに連続8ページで載せても良かったような気がする。そもそもがフレーバー・テキストみたいなもので、実用性なんか度外視と言われればそうなんだけども……。

 

 

レベル2 伝統芸能など

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図3 歌舞伎(部分)

次に紹介するのは、あえてカテゴリを設けるなら、「伝統芸能を始めとする和の文物」についての特集である。これらのページはわりにまっとうな作りになっているので、とくにコメントできることはない。そのラインナップは、

・歌舞伎

文楽

・能

という伝統芸能の他に、

五街道

・将棋

百人一首

のコーナーがある、というものです。どうです、まっとうでしょう? 囲碁はないのかとか、「文楽」のページがちょっと怖い(主に人形の首の紹介なので)とか、「泰将棋」(25マス×25マスの盤に、93種354枚の駒を使う将棋)というのは大変そうだなぁ(実際に行われてはいなかったという説がある)、とか思うくらいである。

 

レベル3 スポーツ

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図4 アメリカンフットボール(部分)

三つめのカテゴリーはスポーツである。フィールドの寸法などが図解され、ルールや用語について若干の説明がある。見開きの1/8くらいが文章である。どことなく古代ギリシャの壺絵を思わせるスタイルのイラストでプレイヤーの姿が描かれているのがなんともいえず良い。しかし驚くべきはこの左側のページである。

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図5 防具マニアのコーナー(部分)

アメフトは右上にちょこんといるだけで、あとは防具系スポーツのみなさん(アイスホッケー、ホッケー、剣道、野球(キャッチャー)、クリケット)の装備を堪能するコーナーになっている。たしかにアメフトはいかつい装備が目を引くスポーツではあるけど……。ほかのスポーツの防具を並べてイラスト化する必要があったかどうかというと疑問である。もっとこう、チームとか名選手とか、ほかに書くこといっぱいあるだろうと思うのだけど、三省堂編修所はどうしても防具を載せたかったのだ。防具を載せるのに理由はいらないのである。

スポーツ系特集コーナーのほかのラインナップは、

・テニス

・バスケットボール

・ホッケー

となっていて、これだけ贅沢な紙面の使い方をしておきながら、紹介するスポーツをこの四つに絞るというところが粋だと思う。選択の基準が全然わからないのだ。最初見たときには、いわゆる「北米四大プロスポーツリーグ」に準じて選び、日本でも認知度の高い野球は除いてテニスを入れたのかな、と思ったんだけど、よく見ると「ホッケー」はアイスホッケーじゃなくてフィールドホッケーで、この説は採れない。あるいは深謀遠慮の末にこの四つに決められているのかもしれないので、そのへんの事情が分かる人がおられたら、ぜひご一報いただきたい。

勘の良い人にはわかると思うんだけど、それぞれ紙面の1/4から半分くらいのスペースが、「ラケット比較」「ゴール比較」「スティック比較」に割かれています。あえてスポーツ系の特集ページを褒めるなら、わりと十九世紀風の挿絵がいっぱい載っていて楽しい。辞書好きの人というのは語の図解のための線画が好きで、ひいては十九世紀風の挿絵も好物という傾向があると思っているんだけど、みなさんはどうですか。

 

 

レベル4 探偵

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図6 名探偵WHO’S WHO(部分)

次に控えるのは推理小説に登場する探偵の小事典、その名も「名探偵WHO’S WHO」である。「推理小説」の見出しのあるページの次から、なんと6ページにわたって、名探偵たちのプロファイル(略歴、創造者、登場作品)が載せられている。この規模は本書の特集ページ中でも最大のもので、アーチャー(リュウ)からワイン(モウゼズ)まで、100人近い探偵が所狭しと並んでいる。キャノン(カート)の荒々しい略歴なんかを読んでいると、つい登場作品を読んでみたくなるので、読書案内としてけっこう機能していると思う。以下探偵の名前の表記は見出しに準ずる。

マーロー(フィリップ)なんか例の名言(「タフでなければ生きていけない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」)つきで載っているし、ホームズ(シャーロック)級の有名人になると、切り立った崖の上でのモリアティとの乱闘シーンの挿絵付きで載っている。たいへん充実した小事典である。

他に「おっ」と思うところでは、エーコ薔薇の名前」(東京創元社、1990年)の主人公、バスカーヴィルのウィリアムが載っている。たしかにこの辞典が作られていた1990年は、「薔薇の名前」の邦訳がついに出て読書界が盛り上がっていた頃だと思われるのだが(当時四歳なので詳しくは語れない)、他に居並ぶ探偵の方々のように人気シリーズの主役という立場ではないし、ちょっと意外な感じがする。

ひょっとするとこの特集ページ自体、東京創元社のスパイの人が三省堂編修所に忍び込んで入稿したものなのではないか、という想像が頭をもたげてくる。改訂版が出るたびに新しい探偵が載ってページが増えていたりしてると間違いないと思うところだが、残念ながらこの辞典は初版で止まっているので、疑いの域を出ない。いずれにせよ、三省堂編修所の人は戸締まりに気をつけたほうがいいと思う。もっとも戸締まりに気をつけたところで、東京創元社くらいになると、何らかの密室トリックを使って入稿してくる可能性もなくはないけど(注1)。

 

***

 

歳時記、伝統芸能、スポーツ、探偵。次々と襲いかかる四種類の特集ページに悩まされながら、我々探検隊はついにたどり着く。伝説の迷宮『新明解百科語辞典』の奥の奥、未知の怪物たちが眠る特集ページへ……。というわけで以下次回。

 

注1

巻末のクレジットを見てみたら、資料協力のところに東京創元社がありました。スパイではなかった。

「新明解百科語辞典」を知っていますか(1)

棚買いをするほどの熱さには達していないんだけど、紙の辞書には愛着がある方で、辞書シーズンの本屋に行くとむやみにうきうきしてしまうし、古本屋でちょっと変わった辞書をみつけると、つい買い込んでしまう癖がある。今回はそんな変わった辞書のひとつ、『新明解百科語辞典』(三省堂、1991年)をご紹介します。

 

この辞書は残念ながらというべきか、あまり広まらなかったようで、現在は改訂もないまま絶版になり、ネット上での言及も極端にすくない。どのくらい少ないかというと、三省堂HPの紹介(古いデザイン)、個人サイトでの言及が一件(2007年)、ブログでの言及が二件(2006、2014年)、レファレンス協同データベースでの言及が一件(2010年)、読書メーターでの登録、レビューが一件(2013年)、ツイッターでの言及が六件(2012-2016年)、あとはAmazonなどの販売サイトと、『新明解国語辞典』についての記事が引っかかるのみ、という、はなはださみしい事になっている。

 

ちょっと他にはない愛嬌のある辞書なのに、このままでは血で血を洗うIT革命の波濤に呑まれ、忘却の海溝に淪滅しかねない(危機感で語彙が増える)ありさまなんである。それではあまりにもったいない。この有意義かつファンキーな辞書が、荒ぶるインターネット世界に少しでも爪痕を残せるよう、微力ながら力添えしたいと思った次第であります。

 

1)外観と概要

何はともあれ、まずはそのお姿を見ていただこう。

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図1 机の上に立つ『新明解百科語辞典』とその他の辞書 右から順に『新明解百科語辞典』の外箱、本体、サイズ比較(兼スタンド)用の『集英社国語辞典 第三版』(2012年、以下『集国』)、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008年)の外箱。『集国』のネオンレッドが朝の光をうけて眩しい。

 

百科語辞典という書名から、『広辞苑』クラスの辞書に匹敵するサイズを持った、一冊ものの百科事典をつい想像してしまうところなのだけど、ごらんの通り外見はB6変形のごくふつうの小型辞典である。

外箱のデザインやカバーの色味が『大辞林』(三省堂、1988年)に似ているな、と思ったあなたは実にするどい。まさに『大辞林』ファミリーの一つで、序文で語られているところによると、

① 未知の専門用語などに出会ったとき、かつての私たちは多巻本の百科事典を引いていた

② しかし多巻本の百科事典は取り扱いに不便で、いつしか『大辞林』サイズの一巻本の大型国語辞典(注1)が、百科事典の代わりに引かれるようになった

③ ならばいっそ、百科語彙のみを集めた、専門用語や固有名詞の検索に便利な小型辞典を世に問うてみようではないか

……というコンセプトで作られたもので、その収録語彙と語の説明は、当時デビューしたばかりの『大辞林』に「多くを拠っている」ということである。要するに抜粋版、親子辞書の関係ですね。ためしに見出しを適当にえらんでコトバンクの『大辞林 第三版』で引いてみると、説明の本文はほぼそのままで、文末にあげられている用例や、作家の項目であげられている作品名などの補足的事項が削られているくらいの違いしかないようだ。もとにした版が古いせいか、『大辞林 第三版』には載ってない見出しもあったりする(「サレカット・イスラム」とか)。

 

「百科語彙のみを集め」た辞書というのが具体的にどういうことか、端的に示そう。「ことば」という項目の前後の見出しを拾ったときに、『三省堂国語辞典 第七版』(以下、『三国』)では(カッコ内に品詞)

・ことのは(名)

・ことのほか(副)

・ことば

・ことはじめ(名)

・ことぶき(名)

……と、並んでいるのに対し、『新明解百科語辞典』だと(カッコ内に略説を付す)、

・ことどり(オーストラリアに棲むスズメ目の鳥)

・コトネアスター(バラ科の低木の属名)

・ことば

・ごとばいんごくでん(後鳥羽院の歌論集)

・ことばがき(和歌の成立背景をのべた前書き など)

……と並んでいる。えらい違いだ。国語辞典では一般的な名詞のほか副詞・形容詞なども載る一方、「百科語辞典」ではより専門的な名詞や固有名詞が載る、というわけですね。また、国語辞典では「ことば」の説明の後に、「ことば」を含む語句、つまり「言葉遊び」とか「言葉尻」といったたぐいの説明が40行ほどにもわたって書かれるのだけど、「百科語辞典」は「ことば」の語義説明(6行)があるのみで、語句は引けない。『集国』や『広辞苑』のような、百科兼用をうたっている国語辞典だと、その中間あるいは両方をカバーしている、といったところである(注2)。「コトネアスター」なんかは『広辞苑』にも載ってないけど。

 

収録語についてはもう少し言いたいことがあるのだけれど、細かい話になるのでそれは後回しにします。先にビジュアル面からこの辞典のただならなさを解説していこうと思う。まず次の写真をごらんいただきたい。

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図2 ただならぬ雰囲気を感じさせる小口

 

このくらいのサイズの辞書にはだいたい備わっている、そのページに載ってる語の頭文字に応じた高さで紙の端を着色することによる階段状のインデックスの他に、うっすらとした灰色の線が何本も入っているのが、おわかりいただけるだろうか? これらはすべて、見開きの「特別ページ・小辞典」なんである。小学生向けの学習国語辞典じゃあるまいし、本文と別の特集ページをこんなにたくさん入れていいのか? だいたい本文に載らないような語を特集だからとたくさん集めても、その分野に興味がない人には無用の長物なのではないか? それともひょっとして、真に実用的な付録なのか? この驚くべき特色の全貌については、項をあらためて明らかにしていく。

 

 つづき

teebeetee.hatenadiary.jp

注1

辞典のサイズを示す名称(大中小)には大きく分けて二つの考え方があって、辞書関係の文章を読むときにはどっちに基準をおいているか注意を払う必要がある。簡単にまとめると、

A)「大辞典」というのは、あくまで『日本国語大辞典』や『オックスフォード英語辞典』のような多巻本の最大クラスの辞典の呼称であるべきで、『広辞苑』など一巻本のものは「中辞典」、『新明解国語辞典』など標準的なB6変形サイズのものは「小辞典」と呼ぶのがふさわしい

B)『広辞苑』など、外で持ち歩くことを想定していないようなB5サイズ以上の一巻本は「大辞典」と呼んで良くて、B6変形以下のサイズのものを「小辞典」、あるいはA6変形以下の縮刷版やポケット版と区別する場合に、B6変形を「中辞典」、それより小さいものを「小辞典」と呼ぶのが便利

……ということになっている。Bの場合に沿って呼ぶときには「大型辞典」と書くなど、「型」を入れるか入れないかで、文章上なんとなく区別することは不可能ではないと思う。しかし商品名としては、『講談社日本語大辞典』のように、大きいは大きいけど一巻本の辞典が堂々と「大辞典」を名乗っていたり、外国語辞典だとB6サイズでも比較的収録語数の多いものは「中辞典」(『ロワイヤル仏和中辞典』など)を名乗っていたりして、「大中小」のついた呼称には辞書の大きさ(収録語数、文字量、版型)を判断する材料としての統一性が無く、都度確認する必要がある。

個人的には、Aの意味での「大辞典」に相当する辞書なんて、いちいち総称を設定するほど種類が無いんだし(だいたい一国一種類)、辛うじて三種類ほど(古いものを含めるともっと多い)が売り場に並んでいる『大辞林』付近のサイズを呼ぶのに、「大」を使わせてあげていいんじゃないかと思う。しかしいざ図書館とかで、『日本国語大辞典』全巻の置かれた棚の前に行って、「我こそは大辞典である」みたいなオーラを浴びてしまうと、かしこまって従うしかないという気がしてくる。困ったものです。

不便といえば不便だけど、しょせん呼び名とサイズは別の問題なので、なるべく注記はしますが、あとはなんとなく文脈で判断してくださいという状況である。言葉のプロ中のプロたる辞典業界がそれでいいのかと思いそうにもなるけど、大体においてこういう歴史的経緯のある用語は、人為的に整理を試みてもまず定着しない、という言葉の厳しさを誰よりもわかっているのが辞書業界なんだと思う。

 

注2

参考のため、他にもいくつかの国語辞典について、「ことば」の前後五つの見出しを並べた表を作った。本文でやったように読みだけでは何のことかわかりにくいので、漢字あるいはカタカナの表記を書いてある。かぎかっこ付きの項目は書名です。

 

表1 「ことば」の前後の主見出し

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出典:三省堂国語辞典 第七版(2014年)、新明解百科語辞典(1991年)、集英社国語辞典 第三版(2012年)、広辞苑 第六版(2008年)旺文社全訳古語辞典 第四版(2011年)、旺文社国語総合新辞典 新装版(1998年)

 

欲張って横に伸ばしすぎたので見づらくて恐縮だが、国語辞典ファンにはこんなちょっとした表でも楽しめる見どころがいっぱい詰まっていることに気づいていただけると思う。

たとえば『広辞苑』と『旺文社全訳古語辞典』にある「ことは(如は)」というのは、古語に見られる「同じことなら」といった意味あいに訳せる言葉で、ややマイナーだが古今和歌集に用例がある。このくらいだと古語辞典じゃなくても『広辞苑』クラスには載るのだが、「主要な古語」を載せているという触れ込みの『集国』では、スペースに限りがあるためか残念ながら載っていない。「如く」や「如し」など同じ語幹のことばから類推しても、やや意味が取りにくい言葉なので、例つきで見出しになっていると親切である。『集国』は初学者の古文の読解に使えるところまでは目指していないということだろう。

その前は「事の由」、「殊の外」と続いているが、「事の由」は古風な言い方と判断されたためか、『三国』では見出しにないし、「事」や「由」の例文や下位項目としても載っていない。一方、『三国』だけにある「事の起こり」というのは、事件もの探偵ものなんかでごくふつうに耳にする連語だが、他の辞典では『集国』が「起こり」の用例に載せているのみで、見出しはもちろん「事」「起こり」の説明中にも出てこない。こんなふうに、「普通に通じちゃうけど、あらたまって意味を考えたことはない」くらいの現代語表現を拾ってくるのは『三国』の得意技といえる。

通じるんだから辞書に載せるまでもないじゃないかと思われそうだけど、そういう言葉は長い時間が経って使われなくなったり意味が変わったりすると、誰も正確に読めない、みたいなことになりかねない(まぁ人生のタイムスケールではなかなか想像しにくいことだけど)。使われすぎて逆に気づきにくい言葉を、丹念に拾って収録してくれるのは、誰がなんと言おうと偉大な仕事なんである。「言葉畑のキャッチャー」……と言うとなんか悲壮感が漂うけど。

下の方を見ると、人名は「後鳥羽天皇」でさえ載ってないのが『三国』なんだというのがわかる。載ってないというと不便なようだが、これは利点でもあって、具体的なイメージを喚起する人名や固有名詞が少ないことと、そっけないくらいフラットな語釈が相まって、文章を書きながら引いていても考えごとの邪魔にならないのが『三国』なんである。辞書というのはけっこうものを言うし、引いたページにいる人名なんかが目に入ると、なんかガヤガヤしてうるさく感じるのだが、『三国』は読んでも書いている文章への集中が途切れない稀有な辞書だと思う。もちろん個人の好みの問題だし、伝わりにくい言い方かもしれないが、大いにおすすめしたいポイントである。逆に説教されたい気分のときには『明鏡』を読む……というのは誇張です。すみません。

「ことばのおだまき」以下の江戸末期の語学書が載ってるかどうかとか、右端の『旺文社国語総合新辞典』についても書きたいところなんだけど、思わず『三国』のプッシュに力が入ってしまって、注が本文より長くなりそうなので、このへんでやめておきます。

スコット・ウェイランドのたゆまぬ彷徨(3)

危機、離別、再集結

1995年のはじめ、STPは次のアルバムのためのセッションを始めた。しかしその試みは二週間ほどで頓挫することになった。ウェイランドが薬物所持により拘束されたのだ。「Purple」の制作とそのツアーのころから、突出して派手なスター性を纏っていくウェイランドと他のメンバーの間には、亀裂が入り始めていた。この事件に前後してバンドの結束はさらに弱まり、ほとんど活動休止にまで追い込まれた。ウェイランドには一年間の保護観察処分という判決が下された。

ウェイランドはこの時期、サイドプロジェクトthe Magnificent Bastardsの活動を開始する。下積みを共にしただけに、エゴとエゴのぶつかり合いも激しくなる本体バンドよりも、半ばビジネスライクに自分の音楽を実現できる環境を求めたくなったのだろう。腕ききのセッション・ドラマーでプロデューサーでもあるヴィクター・インドリッツォとウェイランドを中心としたバンドで、その成果はとある映画のサウンドトラックとジョン・レノン・トリビュート・アルバムという二つのコンピレーションに収められたもののみが公開されている。

 

https://www.youtube.com/watch?v=x9WO5hTy-hU
Mockingbird Girl

ツイン・ギター・オルタナの佳曲、という感じの曲。後にリアレンジされてウェイランドのソロ・アルバムに収録されていて、事実上ウェイランドのソロキャリアにおけるデビュー曲ということになる。後に明らかになるようなデヴィッド・ボウイ好き好き感はまだ出ていない。

STPの停滞に苛立った残りのメンバー達も、新たなヴォーカリストを探しながら作曲を進める。のちにTalk Showとしてともに活動することになるデイヴ・カッツの人選は、この時には既に済んでいたらしい。バンドの活動にフラストレーションを抱えたソングライターの多くがそうであるように、この時期の彼らの作曲能力は飛躍的に増している。ディーンの言によれば、前のセッションがポシャってからの数ヶ月間に30曲ほどが出来ていて、秋にSTPのレコーディングに入る前に、それらをあらかじめ振り分ける必要があったということである(振り分けの傾向についてはあとでまた書くが、さすがに後の方に「あまりもの」を使うわけにはいかないという判断が見て取れる)。

そう、彼らは決まりかけた新しいヴォーカリストとの活動を先延ばしにして、STPのレコーディングに入った。そこまでのことをさせるだけの「何か」を、全員が感じ取っていたのではないかと思う。


Tiny Music… Songs from the Vatican Gift Shop(1996)
Tiny Music...Songs From The Vatican Gift Shop

Tiny Music...Songs From The Vatican Gift Shop

 

レコーディングは合宿形式で行われた。サンタ・バーバラの一軒家を借りきって、そこにレコーディング機材を持ち込み、寝起きをともにしつつの録音である。何もかもが順調だったとは言えない。バンド内の関係は完全に修復されていたわけではなかった。初めはどこかぎこちなく、やがて険悪な空気さえ漂った。しかしそこにある音楽は、個人的な不満を越えて彼らを結びつけ続けた。PVに使われて残されている当時の映像では、さすがに直接的な摩擦みたいなものは見られないけど、ウェイランドが他の三人とろくに口も聞かない、というビーチ・ボーイズ的な日々もあったと、何かで読んだおぼえがある。

しかしこの時期のフラストレーションの高まりは、悪い面ばかりではなかったというのが、いちファンとしての僕の正直な感想だ。解散寸前の緊張に満ちたバンドだけに気まぐれにもたらされる、詩神の恩寵のようなものが、彼らの上にも降り注いでいたことが、このアルバムを聴くとわかる。STPの他のアルバムでは、楽曲が要求するアレンジに忠実に従うという彼らの性向のゆえに、アルバムとしてのトータルイメージの形成に至っていない面がままあるのだが、この「Tiny Music…」だけは美しい例外となった。グラム的にケバケバしいポップ・ソングをポスト・パンク的な荒々しい音像で鳴らす、という、このバンドのオリジナリティの中でも最高の果実がこのアルバム全体を貫いている。そして統一感のある音像に抗うように、楽曲のほうがさらに振れ幅を増している。

シングル曲についてはPVとともに取り上げるが、アルバム曲も全てがすばらしい。あくまでスムースで美しいAnd So I Know、軽いジャム風のヴァースからいきなり怒りを叩きつけるようなコーラスに移行するArt School Girl。過去のアルバムにおけるCreep、Big Emptyのような構成(静かに始まってドカン)を持つ曲にAdhesiveがあるのだが、ここでは最初のパートはさらに陰鬱に、「Adhesive love」と歌われる大サビは天上的なまでに美しく鳴らされる。こんなにも美しいしゃがれ声は他ではちょっと聞けない。彼らの置かれた状況──成功の後遺症としての混乱、そして仲間への愛着──を粗く素描したような歌詞も、涙なくしては聴けない。


https://www.youtube.com/watch?v=G0gAxuvo5rc
Big Bang Baby

と、大真面目に語ってきたところで出すといかにも気の抜けるようなPVなんだけど……。でもまぁポップな曲をやけくそとばかりにぶち鳴らすスタイルがわかりやすく出ているのが手柄と思う。最後のコーラス部分で、画面に4つ並べたハートマークの中から顔を出してふざけてるところなんか超ベリーマッドである。ところで、わりと肉づきが良かったウェイランドの顔がげっそり痩せている。本人的にはケバいメイクが映えるので嬉しそうにも見えるけど、傍目に見てると嗚呼……となるところではある。とつぜん思い出したので書くんだけど、ベースのほうが弟だからね。……こら! そういうことを言ってはなりません。あれはダンディなヘアスタイルが進行しているというのです。


https://www.youtube.com/watch?v=HVPzWkdhwrw
Trippin’ On A Hole In A Paper Heart

セカンド・シングルは珍しくドラムスのエリック・クレッツの曲。クレッツは他のアルバムでは単独名義での作曲はないのだが、この時期(「Tiny Music…」と「Talk Show」)は例外的にリーダー曲がある。PVはレコーディングセッションの様子と、おそらくこの時期の雑誌用の撮影かなにかのオフショット集という形になっている。「元気でやってます」といった雰囲気がそこにはある。この曲の後年のとあるライヴ映像における、ウェイランドの痙攣的な動きと衣装(上半身裸に腿までぴちっとした黒いパンツ)は、日本のファンには「アメリカの派手なエガちゃん」と呼ばれ親しまれている。


https://www.youtube.com/watch?v=ds_43MdYiuQ
Lady Picture Show

今作のおしゃれ担当PV。タイトルまんまのヴィジュアルワークですが……。こういう白黒の映像で見たウェイランドはやはり痩せて見える。メイクにおけるボウイ趣味はいや増すばかりである。

このように傑作を手にしたバンドだが、セールス的には期待したほどの動きはなかった(それでも初登場4位だけど)。批評では作品の「一皮むけた」感を好意的に扱うものも多かったが、表面上では非カラフルに見えるところが退歩と断じられる場合もあった。グランジ・ブームが一段落し、ラップ・ロック(って言えばいいのかな)の興隆に向かっていた時期にあっては、「いまいち尊敬されないグランジ・バンド」がやや苦戦するのは仕方がないと言えるのかもしれない。ポップ・ミュージックにおける「時代遅れ」という概念が崩壊してしまった現在に生きていると忘れそうになるけど。そんなわけでこのアルバムは、どことなく「ファン向け」みたいなイメージをまとったまま今に至る。アルバムトータルでのオリジナリティ、ストレートに迫る演奏、といった尺度から見れば、最高の作品だと思うんだけども。

セールスが伸び悩んだことの責任は、バンド(というかウェイランド)にもある。96年末、またもウェイランドが薬物所持で逮捕され、アルバム発売後のツアーが中断してしまったのだ。ちょうどオリジナル・メンバーの再結成を遂げたKISSのサポート・アクトとしてツアーに同行していた時期で、秋の北米ツアーを終えて、年内最後のハワイ公演に向かう前の逮捕だったということである……と、Wikipediaにはあるんだけど、KISSのツアーログを確認するとハワイへは行っていない。うーむ。まぁ別にハワイじゃなくてもいいんだけど。とにかく年末のライヴと、続く97年のツアーへの同行はキャンセルされたということ。とんだご迷惑をおかけした形になるKISSの皆様だけど、ドラムスのピーター・クリス様からは、「あいつが良くなるのを祈ってるよ。なにしろ奴らはマジでグレイトなバンドなんだからね」という地獄のあたたかい励ましを頂戴したということである。がんばれウェイランド。

かくしてSTPは、滑り落ちるように活動休止の暗い淵に沈んでしまった。正式な解散宣言こそしなかったものの、ウェイランドは(リハビリと)ソロ活動に、残りのメンバーは新バンドに全力を傾注することになる。


Talk Show(1997)
Talk Show

Talk Show

 

ウェイランドの歩みからは少し離れるけど、関係ない話でもないので、1995年に一度中断していた、STP楽器隊とデイヴ・カッツ(人気はともかくキャリア的には先輩)による新バンド、Talk Showについてもさらっと触れることにします。このころウェイランドはたぶん更生施設にでもいたんじゃないかと思う(うろおぼえ)。

前にも述べたようにこのアルバムは「Tiny Music…」の姉妹盤とも言えるもので、95年のSTP中断期間に書き溜められた曲から「デイヴ向け」に取り置かれた曲がほぼそのまま用いられている。したがってその内容はきわめて充実している。とにかく次から次へといい曲が出てくるという……。さきにちょっと触れた楽曲の振り分けの傾向についていうと、これは個人的な感想も含む想像なんだけど、ある程度ポップ・ソングとしてまとまった完成形が見えているものをTalk Showに、デモ状態ではヘンな曲だけどメロディ次第で大化けしそうな曲をウェイランド向けに振り分けたのではないか、という気がする。そのくらい「Talk Show」の曲のポップソング的完成度はおしなべて高いし、「Tiny Music…」の荒々しい予測不可能ぶりと好対照を成している。それは初めて組む先輩ミュージシャンに妙な出来のデモをぶつけるわけにいかないということでもあるし、それだけウェイランドとの化学反応を信頼していたということでもある。そしてその成果をあえて比較するなら──ある意味不幸なことに──ウェイランドとの化学反応の非常な強力さを証明することになった。

レコーディング自体はSTPのツアーがぽっかり空いた夏の一時期を利用して、ひと月ほどで行われたようで、ほとんど掛け持ち状態の忙しさなんだけど、それもテンションの高い良い演奏につながっている気がする。これだけ充実した演奏をみせられたら、どことなく「私キープされているのかしら」的な立場に置かれたデイヴ・カッツの疑念みたいなものも、吹き飛んでしまったことだろうと思う。バンドのグルーヴのキレはむしろ高まっているとさえ言える。したがって演奏の質がどうこうという問題はない。曲が良く、演奏も遜色ない。デイヴ・カッツの歌には、「代役」的に声質の似たヴォーカリストとして選ばれている印象はついて回るのものの、それを差し引けば、この怒涛のポップ・ソング祭りによく似合うクリアで喉越しの良いヴォーカル・スタイルという美点があると思う。

それでもなお、何かが足りない。

これはもうマジックと呼ぶしかない。選ばれたバンドだけが生み出せる特別なエーテルことバンド・マジックである。このバンドにはマジックだけがなかったのだ。今でこそ楽曲の質の高さから(僕に)見直されている埋もれた良作だが、当時のセールスはけっこう厳しいものだった。ピーク時131位だそうだ。アメリカのマーケットとはかくも極端なものなのか。ほとんど残酷である。


https://www.youtube.com/watch?v=doeYk7Np4uQ
Hello Hello

というわけでTalk Show唯一のPVを。わりにギュウギュウに要素の詰まった曲なんだけど、キレッキレでいい演奏ですよね。まぁこの曲がピークといえばピークではあるのだけど……。あとなんかやたらポップな上に背景に虹が描いてあるあたり、後年の短命バンドZWANを彷彿とさせるところである。ZWANで思い出したけど、最近Pixiesでベースを弾いてるパズ・レンチャンティンって小学校の美人教師みたいな衣装でなんともいえず良いですよね。最初見た時は「さすがにお年を召されましたなぁ……」って思ったのだけど、じわじわ良い。もちろん若い頃の良さは論に及ばずである。何の話をしているのだ僕は。

Talk Showに話を戻すと、このPVを探すついでに当時のライヴ録音を見つけて聞いたんだけど、オリジナル曲の途中からSTPのTrippin’〜に突入するパフォーマンスなんかをしていてデイヴ・カッツが気の毒だった。もちろんみんな良かれと思ってやってるんだろうけど……。これも後年の「3対1」バンドAudioslaveにおける、「RATMの曲をやらされるクリス・コーネルの図」を彷彿とさせるところである。クリス・コーネルに関しては自分の曲(Spoonman)でさえ声の出なさをごまかしきれていないので、公開処刑やむなしというところではある(それだけ全盛期がクリス・超人・コーネルだったということなんだけど)。その点デイヴ・カッツはけっこう歌えている分よけいに気の毒というものだ。「声は出てるんだけど、いちおう現役の本物と比べられちゃあまずいよなぁ」というか。そのせいかどうかは知らないけど、デイヴ・カッツはTalk Showのあとは目立った活動をしていない。

バンドはFoo FightersやらAerosmithやらという超絶VIPとツアーを回るも、前述のとおりセールス的には失望する結果となり、98年のはじめにデイヴ・カッツがバンドを去るという形で解散している。アメリカのロック史屈指の残酷物語であると僕は思う。


12 Bar Blues(1998)
12 Bar Blues

12 Bar Blues

 

なんか思いのほかTalk Showの話が(脱線気味に)盛り上がってしまったけど、その間にウェイランドも(たぶん)健康を回復し、ソロ・アルバムの作業を進めていた。どうやら当時の義理の兄のツテで紹介されたプロデューサーとの作業から、ドラム・ループを柱にギターやキーボードを重ねてコツコツ作曲することを覚えたらしい。そうか、地球にはこんな便利なものがあるのか、という感じで(想像)。

こちらはその制作過程からも想像できる通り、バンドサウンドをほとんど引きずらない作風で、もともとは全編バンドサウンドだったMockingbird Girlさえヴァース部分のオケをドラム・ループとふわっとしたギターに差し替えるというアレンジ変更を加えている。全体的には、クリアなR&Bサウンドから、ノイジーなインダストリアルまでの振り幅をもったポップ・ソング・アルバムといったところである。主な影響源はもちろんデヴィッド・ボウイだ。Jimmy Was a Stimulatorという全編テクノ・サウンドにソウルフルなメロディーが絡む曲なんか、ほとんどその頃のボウイそのままみたいな曲だと思う。しかしここまで寄せてしまうと、ソウル的な「節」が出せるボウイとは違って、ウェイランドのヴォーカルは案外ストレートな感じになってしまい、あまり「これぞ」という出来にならないのが悲しい。バンドではあれだけアクが強いのに。コクみたいなものに欠ける、というか。もちろんそのクリアな声質を持ち味として伸ばしていくとか、ウェイランドなりのコクを生み出していくといった可能性はあったにせよ。

とはいえ今聴くと、楽曲それぞれのクオリティは低くはない。というよりむしろけっこうかっこいい。録音的にも蓄積資本の豊かさを感じる。当時のファンが求めていたものとは違った、というだけのことで、決して駄作とけなせるようなものではない。ボウイだボウイだ言われるけれど、ウェイランド独自のメロディが堪能できる曲も十分ある。ちなみにこのアルバムが出た当時、ロス在住の日本のロックスターことhideが、なんかの番組の近況ビデオレターみたいなやつで、ロサンゼルスのレコード屋にこのアルバムを買いに行くというのをやっていた(Youtubeで見れるのかもしれないけど探すのを断念しました)。その時には「大好きなバンドのヴォーカリストの初ソロアルバムで楽しみにしていた」ということだったが、のちの評として「土下座してでもバンドに戻れ」的なことを言っていたのは有名な話である。しかしそれも、必ずしもこのアルバムの出来が良くないということではなかっただろう(と思う)。要するに、今まさに脂の乗り切ったバンドをみすみす遊ばせたまま、ソロ活動なんかしてる場合じゃないぜ、お前のソロは(決して悪くはないけど)そこまでの出来ではないぜウェイランド、ということである。お前さえまともになればバンドは順調なんだから……というか。なんかタイミング的に遺言みたいな話ですが(ご存知の通りhideはこの年の5月に早世した)。


https://www.youtube.com/watch?v=kmjNkyCxmTM
Barbarella

というわけでこのアルバムからの唯一のPVを。一聴してわかる通り、「もしも初期ボウイが90年代の機材を持っていたら」みたいな曲である。特に最初の方。サビに入るとさすがにウェイランド的なメロディが前面に出てくるとは思う。でもまぁこれについては曲がどうこう以前にPVが……。だって地球に落ちてきた宇宙人ですよ。まんますぎか! ここまで徹底的にやられると、ほとんど「私はボウイになりたい」の世界である。ちなみにその頃のデヴィッド・ボウイご本人は、これまた熱狂的なボウイ・ファン(たぶん)のトレント・レズナーとつるんでいた。っていうか追われていた。要するにストーキングである(怖い)。あんまりしつこく追われるので慌ててタクシーに乗りこんだらその運転手がまたトレント・レズナーだったというコント……じゃなくてPVを撮っていた。I’m Afraid of Americansという曲なんだけど、久々に聴いたらこれさすがにかっこいいですね。90年代後半のボウイは充実していた。その後心臓の手術までしたのに10年たったらしれっとまた充実しているんだからこれはかなわない。ほんとに宇宙人なんじゃないか。MIBじゃないけど。

ウェイランドに話をもどすと、「12 Bar Blues」はその挑戦ぶりも買われてか、評判は決して悪くはなかったが、もちろんバンドサウンドを期待していたファンは失望したし(the Magnificent Bastardsのメンバーも一部参加してる、という前情報もあったと考えるとこれは仕方ない)、セールス的にもあまりふるわなかった。最高42位だったということだ。デイヴ……………………。というより、それだけ当時のSTP楽器隊が「バックバンド」的にきわめて不当な認知を受けていたということなのだろう。レコード会社のバックアップだって、ウェイランドのほうが手厚かっただろうし。逆に考えれば、この時期の別離と挫折があったからこそ、STPが真に価値あるロックバンドで、不可分な運命共同体であることが全世界に知れ渡ったとも言える。ウェイランドにはバンドが必要で、バンドもウェイランドを必要としていた。音楽的にも、精神的にも。

いまや機は熟した。あとは再び歩み寄り、ほっぺにチューをし、化学反応をもう一度起こすだけだった。そして彼らにはそれができた。それをできるだけの力を蓄えてきた。しかし不幸の暗い影が完全に去ったわけではなかった。ウェイランドへの薬物の影響は、まだ抜けきっていなかったのだ。

 

(つづく)

スコット・ウェイランドのたゆまぬ彷徨(2)

結成、デビュー、成功

若き日のスコット・ウェイランドとロバート・ディレオ(ベース)が、ブラック・フラッグのライヴ会場で意気投合するだか喧嘩するだかして出会い、直後に二人は同じ一人の女性と交際を持っていたことが発覚し、その後いろいろあった末、ふたりともフラれて女性はテキサスへ去ってしまうのだが、なんとなくふたりは女性の残していったサンディエゴのアパートメントに住み始め、やがて始めたバンドがSTPの母体である……というのが、巷間よく知られたバンドの創世神話である。のちにウェイランドの自伝で明らかにされているように、このへんの経緯は多少カラフルに盛った話らしいのだが、とにかくウェイランドとロバート・ディレオの出会いが始まりであることは確からしい。

ごく初期にはドラムスとギターはウェイランドの友人が務めていた(ウェイランドの自伝によれば、彼らと既に始めていた自分のバンドにロバートを誘い入れたということ)。彼らの脱退ののち、ドラムスはエリック・クレッツ、ギターにはロバートの五歳年上の兄で、すでにミュージシャンの道を半ば諦めて別の仕事をしていたディーン・ディレオを招き入れ、オリジナル・メンバーが固まった。それが1989年ごろのこと。ディーンが加入した当時のバンド名は「Swing」だったそうだ。Swing……。その後、Mighty Joe Young(同名のブルース・ギタリストがいる)という名前に変わったバンドは、サンディエゴを中心に活動を続けて徐々に人気を集める。時代も新しいバンドに飢えており、トントン拍子とばかりにレコード・デビューの話が持ち上がる。バンドは新進気鋭のエンジニアでありプロデューサーだったブレンダン・オブライエンのもと、デビュー・アルバムの制作にとりかかることになった。このアルバム「Core」はレッチリの「ブラッド〜」(めんどくさいのでいきなり略記)と並んで、オブライエンの出世作のひとつとなる。

ちょうどそのころ、マイティー・ジョー・ヤング氏から名義についてクレームがつき、デビュー直前になってバンドはまたも名前を変える。新しい名前の由来はもちろん、エンジンオイルを始めとした自動車用品メーカーSTPのブランドロゴ。今でも古着屋でみかけるアレである。Stone Temple Pilotsというのは頭文字を取るために特に意味なく単語を並べただけとのこと(Wikipediaに行くともっとひどい当て語候補が見られる)。この人たちはかくもバンド名に無頓着なのだ。のちのち出てくるVelvet Revolverとかいう真剣に考えた上でダサい的なバンド名に比べればまだマシだけど。Talk ShowとかArmy of Anyoneとかも大概である。真面目過ぎるというか、一周回ってユーモラスというか、ネーミング・センスにかけてはいっさいマジックを起こさない人たちだった。あるいは僕がカリフォルニア的な感性を理解できていないだけかもしれないですが。

 

Core(1992) 
Core

Core

 

 こういった心なしかユルい前史を持つわりには、STPのバンドとしての成功は早かった。ウェイランドの年齢に即して言えば、18-19歳(1985−86年)のときに組んだバンドが25歳(1992年)でデビューとなるので、極端に早熟というわけではない。しかしなにしろ、デビュー・アルバム「Core」がいきなり全米(Billboard 200)3位のセールスを叩き出している。同年に出たRATMのエポック・メイキングな1stが同じチャートで45位だったとか、同日(!)に出たAlice in Chainsの2ndにして名盤「Dirt」が6位だったというのを考えると、彼らの作品がいかに時流に乗ったものとして受け止められたかがわかる。

そしてこのときの「セールス先行」というイメージが、STPを「なんとなく尊重されにくいポジション」に終生押しとどめる原因のひとつになった。90年代前半の圧倒的勝ち馬(ジャスティス)ことグランジ・ブームに後乗りするように出てきた、偉大な先行バンド(とくにAlice in ChainsPearl Jam)の模造品、それもセルアウト野郎じゃないかと。今になってみればそんなのは論外の誤解だと言えるけれど、後追いファンである僕からしても、Alice in Chains先輩を抜いたのはちょっとやりすぎだったと思う。だって「Core」のいくつかの曲のサウンドは本当にそっくりなんだもん。そりゃ反感買いますよ。ロック・ファンとはかくも気難しいものなのだ。そしてバンド・マジックを──少しおおげさに言い換えるならロックバンドという形式における真の芸術を──同時代的に理解するのは、ときに難しいものなのだ。あえて並べて貼ることはしないので、比べて聴いたことがなくて気になる方は各自調べてみてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=8hhu-OyHqZM

Sex Type Thing

「あえーまえーまえー」としてあまりにも有名なファースト・シングル。のちのち明らかになる彼ら本来の持ち味からすれば、歪みが過度に硬質でグランジ・マナーに沿った録り音になっていて、こんなのが突然アリチェンより売れ出したらそりゃパクリバンドと言いたくなるよなという気持ちはそれなりに理解できる(もっとも、「グランジ」とかいうメディアの論理で勝手につけられたレッテルに乗っかって叩くダサさに比べればなんてことないとは思うけど)。とはいえ、気持ち重すぎなくらいもったりとタメ気味のリズムが醸し出す、妙にアーシーに身体の芯を食ってくるファンキーさ、そしてひねくれた勢いのあるヴォーカル、という彼らの特色は、この曲からでも十分わかると思う。それが前面に出ているかどうかは別として。

 

https://www.youtube.com/watch?v=qKUialUJZ4M
Plush

https://www.youtube.com/watch?v=uA4hSZ1Xy1g
Wicked Garden

「Core」からの続くシングル曲も、表面的にはいかにもポップ・バンドがグランジを取り入れてハードに振ってみましたという音像である。しかしなんというか、どれもこれもいかにも90年代MTVって感じのPVですね。むやみに病んでますっぽさがあって。そんな曲でもないと思うんだけど。「Plush」はグラミー賞ベスト・ハードロック・パフォーマンス受賞作。

 

https://www.youtube.com/watch?v=sT1DdO3SISg
Creep

あるいはこの曲のように、あまりにもアメリカ演歌的にレイドバックした良い曲がしれっと入っているのが、ヘヴィ好みのロック・ファンの神経を逆なでしたのかもしれない。いい曲なのになぁ。

ともあれ、プロフェッショナルなバンドとしてのSTPは、メディアの毀誉褒貶をはさみつつも、聴衆にはおおむね好意的に迎えられた。STPの大きな影響源の一つにAerosmithがあるが、そのギタリストであるジョー・ペリーは最も初期から惜しみない賞賛を向けたミュージシャンの一人である。「ディーンのギター・サウンドは人生でも5本の指に入るくらい好きだ」とかなんとか言ってたと思う(うろおぼえ)。「Core」のプロデューサーを務めたオブライエンは、前記「ブラッド〜」と「Core」の成功を買われてか、Aerosmithの次のアルバム「Get a Grip」のミキシング担当に招聘されている。ブレンダン・オブライエンも好きなのでなんかつい書いちゃうな。ブレンダン・オブライエンの話はこのくらいにします。

かくして彼らはロック・スターの座に上り詰めた。若くして成功を手にした人間の前に仕掛けられる罠が作動するまでには、まだしばらくの時間があった。


Purple(1994)
Purple

Purple

 

 STPの順調な成功譚は、このアルバムで早くもピークを迎える。彼らの音楽性の最も良い面はこの時点ですでに完成しつつある。Meatplow、Silvergun Superman、Army Antsといったヘヴィな曲にこそ残滓的にグランジ・サウンドが用いられているものの、それらも「レパートリーの一つ」という立場に抑えられていて、代わりにサイケ、オルタナ、ラグタイム、カントリー、といった多様な音楽の影響がぐいぐいと入り込んでいる。より振れ幅の大きいサウンドと、ユニークな楽曲と、フォーカスのしっかり定まったアレンジワークを兼ね備えた、きわめて質の高いロック・アルバムだ。麒麟に乗った赤ん坊が微笑んでこっちに手を振っている中国風のイラスト、という完全に意味不明のジャケットも、えもいわれぬ味があって良い。チャート・アクション的にはバンド史上最初で最後の初登場1位。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Uzx26V4WDlA
Big Empty (MTV Unplugged)

アルバムリリースの前年に行われたMTV Unpluggedで初公開されたときの模様。のちに「Purple」からのファースト・シングルとなる。前作のCreepと同じく「静かに始まってサビでドカンとやる」タイプの曲だが、全編フォーキーなCreepと比べると、よりブルーに沈んだメロや間奏と、よりノイジーでラウドなサビという形でダイナミズムが強調されている。でもこの説明はアンプラグドじゃ伝わらないよな……。まぁいいか。僕はこの曲のサビを聴く度に、一人で行った野外フェスの夕方を思い出す感じがして好きである。

 

https://www.youtube.com/watch?v=k2lcLCBEuMY
Vasoline

一方では、こんなオルタナ極まりない曲もシングルカットするぐらい、過剰に自由を謳歌している。曲といいビデオといい、「なにこれ? これでいいの?」感が半端ないと思いませんか。でもそれがすごくかっこいい。だいたい最初の虫はなんなんだ。そしてこれが実によくラジオでかかっているのだ。未だにオルタナ専門ウェブラジオなんかでは定番曲の一つである。

 

https://www.youtube.com/watch?v=3OtI0V5uS80
Interstate Love Song

そして極めつけはこれ。大名曲Interstate Love Songである。のっけから「大名曲」とか書いちまったらまったく説得力がなくなるだろうと自分でも思うのだけど、その良さを言葉で説明しようとすると、とたんにただの地味な曲になってしまう。ロック・ミュージックにおいて「なんとなく良い」という第六感的輝きをもたらすエーテルがぎっしりと詰まった曲だと思う。こればっかりは聞いてわからない人には説明しようがない(当たり前か)。ロック・カルテットという芸術形式の長い歴史が生み出した作品群のなかでも、最高のものの一つだ。PVも、全体としてはリラックスした雰囲気でありながら、なんか鼻の伸びる無声映画みたいなのが入ってたりブリーチバイパスの効いた絵柄だったりとクールなスパイスが効いている。虫とか出てこなくて本当に良かった。余談だけど、このPVの後半で出てくる、ハットを被ってピンク色のファーをつけたウェイランドのイメージが、後にhideのファッションに引用されている(と思う)。個人的にも初めて耳コピするほど好きになった曲なので思い入れは深い。しかし改めてPVを見てると、すごく仲の良いバンドみたいで、なおさら哀しみがつのる。映像を見る限りライヴでもそうだったんだけど、おっさん同士でほっぺにチューしすぎである。アメリカのロック・ミュージシャンとはかくも頻繁にほっぺにチューするものなのか。ジョナサンがフィールディのほっぺにチューしてるとこなんか見たことないけどな……。それともSTPとはほっぺにチューしたくなる音楽なのか。ドライブデートに最適ですね。ところでおっさんとか言っちゃったけど、今の僕はこの時のこの人たちより年上である。ええい、そんなことはどうでもよろしい。この曲の素晴らしさを言葉で表現できそうにないからせめてパラグラフの厚みで表現しようとしたけど、こんな無意味なことばかり書いていては逆効果になりかねない。それにしてもほんといい曲ですよねこれ。好き。

だがそんな幸せそうなPVの一方で、彼らのサクセス・ストーリーにも、徐々に暗雲が広がり始めていた。ウェイランドの素行不良と、それに伴うメンバーとの軋轢。問題が表面化するのは、次のアルバムの製作時のことである。

 

(つづく)

スコット・ウェイランドのたゆまぬ彷徨(1)

スコット・ウェイランドが死んだ。自身のリーダー・バンド(The Wildabouts)のツアー・バスの寝床で、マネージャーに発見されたということだ。ミネソタ州ブルーミントン、12月3日、午後9時。その夜にも公演がひかえていた。ヘロインのオーバードーズだったのではないかという陰鬱な噂もあるが、もちろん定かではない。

わかっているのは、ありあまる自我と才能をどこか持て余すように、必要以上に自らを、そして友人たちまでも傷つけながら歩み続けたロック・シンガーが、大きな失意の続く年月とわずかな希望のうちに、眠ったまま静かに息を引き取ったということだけだ。数年前、古巣ともいうべきバンドStone Temple Pilotsのメンバーとの不和の末、一方的に解雇を言い渡されていた。今年のはじめには、The Wildaboutsのギタリスト、ジェレミー・ブラウンを、アルバム・リリース・ショウの前日という最悪のタイミングで失った。しかし彼はバンドを続けた。ささやかながらも暖かい居場所を見つけ、再び自らの手で勝ち取る成功がその先にあるはずだった。あるいはアメリカ的な成功までは望めなかったかもしれない。それでも彼は、その音楽的充実の灯を絶やすまいと努力を続けていた。

あんまりだ、と僕は思う。 

彼の生き方は、時代錯誤なくらい不器用だったかもしれない。20世紀も終わりになって、薬物のことなんかおくびにも出さないミュージシャンがいくらでもいる中で、まるでワイルドな時代の残響のように、メディアは彼の裁判沙汰を取り上げていた。やっと漕ぎ着けたアルバム・ツアーの日程を、服役のために1年延期したこともあった。薬物問題がなくたって、そもそもが危険なまでの気分屋で、たびたびバンド・メンバーとの間にトラブルを抱え、あるいは個人的なトラブルで身を持ち崩し、追い出されるようにして脱退している。それでもなお、彼が生み出す奔放なメロディ・ラインと奇矯なパフォーマンスは、トラブルよりも多くの素晴らしい瞬間をバンドに、そして観客にもたらした。衝動的で、コントロール不能な、天才肌のロック・ヴォーカリスト

この文章は日本の──ウェイランドにとっては薬物問題が災いして日本はなかなか遠い土地だったけど──いちファンが、ごく個人的に彼を讃え、追悼するために、彼とその時代を振り返るべく書いた文章である。要するに夜中に酒を飲みながら延々とアルバムを聴いたりYoutubeでPVを観たりして過ごすアレのついでに好きなことを書き散らかしてしまおうというつもりであります。

 

マジックのあるバンド

ウェイランドの歩みを振り返る前に、僕自身がどのようにしてウェイランドを、というかStone Temple Pilots(以下STP)を好きになったのか書いてみる。こんな文章を書くぐらいには好きなバンドなんだけど、初めて知ったのはいわゆる「リアルタイムで見ていた」とはとても言えないタイミングだった。最初の解散後の2003年のことだ。僕は17歳で、高専の2年生だった。高専に行った人ならわかると思うんだけど、高専の2年生というのは大いなる弛緩の始まる年である。要するにぼんやりと好きなことをしている時間はいくらでもあったのだ。ここでは深入りしないけど。

STP前夜の僕の音楽的嗜好は、いわゆるヴィジュアル系界隈のバンドと、それらと並べて聞けるような洋楽の間を行ったり来たりしていた。思いつくままに列挙すると、LUNA SEAGLAYL’Arc~en~Ciel、X JAPANBUCK-TICKSOFT BALLETcali≠gariThe Cure、BAUHAUS、NirvanaKORNSmashing PumpkinsMarilyn MansonNine Inch Nails、といったあたりである(なつかしい)。ヒップホップ、エレクトロニカ、ハードコア、マーク・コズレク、みたいなのはまだ遠い先にあった(ということにする)。

そんな中でもとくに好きだったのは、hideが晩年やっていたZilchと、ちょうど上に挙げたバンドの中間みたいな立ち位置だったOblivion Dustで、そのヴォーカリストであるケン・ロイドとhideが共通してフェイヴァリットに挙げていたのがSTPだった。ケン・ロイドはSTPを評して、「とにかくユニークなオケの上に、合ってるんだか合ってないんだかわからないメロディが乗ってて、それがかっこいいというところがOblivion Dustと似てる」というようなことを言っていた。ちょうどZilchも活動継続してこそあれどイマイチな感じで終わってたし、Oblivion Dustも不和の末解散してしまっていた。ケン・ロイドとINORANによるFAKE?も、良い曲はすごく良いんだけど……というところに収まっていた。

そんなわけで、近所のCD屋で(ロードサイドのTSYTAYAだ)たまたま見つけた、当時出たばかりのベスト盤「Thank You」を衝動的に買って、初回限定でついていた超盛りだくさんのDVDを見て、度肝を抜かれたわけである。震撼したね、ほんとに。

読む人によっては、「なんでV系好きの17歳がいきなりSTPにハマるんだ」と至極正当な疑問を持たれるところだと思う(すでに「なるほどね」と思ってる人もおられるとは思うけど)。ジャンルの融解が進んでいた時代とはいえ、70年代ハード・ロックの影響を色濃く受け継いだオルタナ・バンドに、その真逆みたいなものの影響下にあるV系から飛ぶなんてできるのか、と。そうなった理由はごくシンプルなもので、端的にいうと「バンド・マジック」的なものが溢れんばかりに出ている演奏というのを体現したようなバンドなのだ、STPは。いくつかのカテゴリのロックとちょっとずつ似ていて、でも本質的には何にも似ていなくて、ただ曲の良さと、バンド・マジックだけがある、というような。

バンド・マジックだけがある。

なんとなく共有されうる言葉だと思うんだけど、あらためて説明するのは難しい。ひたすら偉大な、エポック・メイキングなバンド(それこそNirvanaとかRage Against the Machine(以下RATM)とか)の、奇跡的なチームワークとオリジナリティを称揚して言われるような意味での「バンド・マジック」とは少し違う。活躍としては比較的地味かもしれないし、一夜にして勢力図を塗り替え、多くのフォロワーを生み出すような傑出した作品を産んだわけではないけれど、だからこそ流行とは少し違う位置にある定点となって、独特の存在感を長く保ち続ける、というバンドの放つタイプのバンド・マジックなのだ。すこし幅をとって他の例を挙げるなら、「メロンコリー〜」までのSmashing Pumpkinsとか、「第6実験室」〜「8」の頃のcali≠gariのような。

バンド内には軋轢があるかもしれない、なんなら義務感で一緒に演奏しているかもしれない、私生活だってそれほどうまくいっていないかもしれない、時代の波を掴んでるわけでもない、というかむしろちょっと時代錯誤の風さえある。それでもそこにある音楽は、それぞれのキャラクターは、自由でありながら互いに官能的に絡み合って、各々の魅力を何倍にも引き出すことに成功している。それまでわずかながら独りでこつこつと音楽を聞いてくる中で、そういうものに対する嗅覚を徐々に形成してきた僕には、STPこそがそんなバンドだと思えたし、今だって(特に2002年までの)彼らは、そのようなマジックを成し遂げたバンドのなかでも最高の一つだと思う。

スコット・ウェイランドがその気まぐれな彷徨の先に追い求めていたのも、もう一度純粋なバンド・マジックを得ることだったのではないか……といったあたりが、この文章のテーマになる気がする。でもその話をするのはもう少しあとにしよう。

 

(つづく)

ラオスに何があったのか考える午後

 

 

長い前置き

この本は村上春樹の1x年ぶりのトラベル・ライティング作品だ。ファン待望の、と言っていいんじゃないかと思う。面白かったけどわりにあっさりめで物足りなくもあるので、ひとつみっちりと感想を書いて楽しみを引き延ばそうというつもりである。

いきなりの私事で恐縮だが、今でこそ「大長編こそ至高」みたいなことを独りでモソモソと思いながら、横柄な地主に充てがわれた粗末な納屋の自室の中で、古ぼけたキャビネットを改造してこしらえた二重底に念入りに隠してしまってある「1Q84」(もし地主に見つかったら農場を追い出されてしまうだろう)を夜な夜な取り出しては、ワラ布団にくるまってカベ板の隙間から漏れるわずかな月明かりを頼りに読んでいる……といったファナティックきわまりない村上主義者の私も、初めて村上作品を読んだのはブックオフの100円の棚から買った「雨天炎天」か「辺境・近境」のどちらかの紀行文だった。文庫で読んだくらいだから十年と経っていないはずなんだけど、どうしてもどっちだったか思い出せないのがわれながら哀しい。

そんな私のみじめな記憶力のことは置いといて、それ以来紀行文(「遠い太鼓」は特に長くて読みでがあって好きである)を読んだりエッセイ集を読んだりしながら、「文章はやたらうまいけど小説はそんなに面白くないんだよね」などと不遜なことを口走ったりしていたのだけど(懺悔)、どこかの時点でその小説作品にも半ば体ごと持ってかれるようにしてどハマリし、「1Q84」の発売日を「もういくつ寝ると」とばかりに指折り数えて待つような立派なジャンキーになり、当然の帰結として身持ちを崩し、妻子にも去られ、先祖伝来の土地も借金のカタに奪われ、迷える貧しい小作人として試される大地の片隅に血涙を落として暮らしているわけで、そんななか、ついに出される村上春樹のあたらしい紀行文集を読むというのは、つつましいながらも何不自由なく暮らしていた少年時代を思い出す、心温まるビッグ・イヴェントなわけである。

なんか混乱してきたな……。

冒頭で「1x年ぶりのトラベル・ライティング」としたのは、どう数えるべきか迷ったからで、共著(「東京するめクラブ 地球のはぐれ方」、吉本由美都築響一との共著、2004年)を含めると11年ぶり、最後の単著(「シドニー!」、2001年)からは14年ぶり、同じコンセプト、つまりいくつかの異なる時期の短めの紀行文を集めたものとしては1998年の「辺境・近境」以来17年ぶりということである。「だからなんだというのだ」と思われてると思われるところで予めお断りを入れておくと、この文章はかように「迷ったら全部書け」という時代錯誤な基本方針のもとに書かれている。迷惑な文通相手みたいですね。この本を手にとって(Kindleで買ったけど)、読みながらつらつらと思ったことを思ったままに書くので、このようなぼてっとしたパラグラフをウェブ上で読まされることに少なからぬ憤りを覚える向きの方々は、今すぐ深呼吸をしてこのタブを閉じてほしい。どうかナマコやホヤやヒトデを私に投げないでください。度重なる無意味な脱線を我慢して読んだからって、何かよきものが得られるとも限らない。なにしろ結論とか文脈みたいなものがうまく付くかどうかも今の私にはわからないのだ。「文脈はあとからついてくる」というのもこのブログの(というか私の)基本方針である。


その概観

この本の大きな柱は、ここ数年来「幻の新作エッセイ」的な位置にあって村上ファンからは垂涎の的(きたないね)とされてきた、JALのファーストクラス向け機内誌「AGORA」に2008年から(ほぼ)年一回ペースで掲載されてきた紀行文が全て収録されていることだ。それも例によって単行本向けのロング・ヴァージョンだそうで、これはうれしい。飛行機の匂いすらろくすっぽ嗅いだこともないような貧乏な小作人としては、おJAL様のおファーストクラス向けお機内誌なんてのは五爪二角の龍にも等しい高貴なる権力の象徴みたいなもので、当然やすやすとは手に入らないし、かといって地主を頼るわけにもいかないし(オメーのようなみすぼらしいナリの奴がJALに何の用事があるってんだ? あン?)、「そんな高級な雑誌に寄稿されるなんて、村上様は下々のことをお忘れになってしまったんだべか」などとさめざめ嘆いていた……というのは冗談で、一般販売すらしない企業の機関紙とかでひっそりとエッセイを連載するのは昔からの村上春樹の習性であることを知ってもいたので、「どうせそのうちまとめて本にするんだろう」と思っていた。そしてその書はついに我々のもとに届けられた。記念すべき日だ。信心していてよかった。

「AGORA」掲載の七編の他に、三編の文章が収められている。95年に主にボストンでのランニング生活について書かれたものと、2004年に「東京するめクラブ」の特別編と書かれたアイスランド旅行記と、つい最近「するめクラブ」の再結成企画として文藝春秋の「CREA」に掲載された熊本旅行記だ。これらがだいたい時系列順に並べられている。マラソン、するめ、JAL、するめ、という構成で、文章の感じもそれぞれわずかずつ異なる。するめはあくまでするめ風で、JALはあくまでJAL風だ。「AGORA」ものに関しては正確な時系列順ではなく、構成の都合上一部並べ替えられているということだが、どういう都合によるものかは読み取ることが出来なかった。今後の研究が待たれる。


その文体

最初のボストンのものの初出はちょうど20年前で、この本に収録された文章の中では飛び抜けて古い。時期的にはケンブリッジ滞在時代のエッセイ集「うずまき猫のみつけかた」と同じで、なんとなくその頃の文章の感じが出ていて(というか、実際そうなんだけど)懐かしい。内容的にはランニング・エッセイ集「走ることについて語るときに僕の語ること」に収録されているような話だ。確認したところ、この文章のいくつかの部分は分解されて「走ること〜」の第五章に吸収されており、けっこうな既視感に襲われたのもむべなるかなというところである。とはいえフル尺では単行本初収録だし、後のボストン再訪にも関わるし、ということで収録されたのだろう。アルバム収録時に大幅にアレンジを変えられたシングル曲が後に元のアレンジで企画盤に収録されるみたいな感じで。

ふたつの「するめ」関係の文章(アイスランド、熊本)は、書かれた時期こそかなり(11年)離れているものの、比較的ポップで親密な感じの文体が共通している。文の区切りも短く(つまり句読点がやや多い)、事実の並べ方も親切で、細かくセクション分けもされていて読みやすい。そのかわり他の章と比べて2〜3倍ほどの分量になっている。相手は(おそらく)恒常的な村上読者でもないし、分量としてはやや多めだし、ということで、テンポよく読めるよう、いつもより少し丁寧に気を使っているという感触がある。そもそも近年の村上春樹の文章は求道的にどんどん読みやすくなっていっているので、「AGORA」初出の章との差はそんなにないとも言えるんだけど、それでもなお。

文章の読みやすさについてもう少し書く。特に20年前の文章の直後に読むアイスランドの章では、けっこうなリーダビリティの落差が感じられる。これはこの本における新鮮な発見だった。なんというか、アイスランド編の最初の段落が、ほとんど身も蓋もないみたいな文体に感じられるのだ。うーん、これじゃただの悪口だな。読みやすいから良いとか、読みやすいからつまらないということではないということを言いたい。いつも思うことなのだけど、なにかとネタにされることの多い、「卓抜な比喩」やら「ポップ・カルチャーの引用」やらをアクセントとしつつ強いビートの効いた村上の文体は、ほぼ80年代まで、思い切り長めに見ても「スプートニクの恋人」までのもので、90年代以降の村上はフラットで読みやすく、どのような読者に対してもフェアで、それでいてリズミカルな文体を志向して、長いこと孤独な彫琢を重ねている。その読みやすさは、ときに村上作品のパワーダウンの現れとして、ひどいときには「売らんかな」的な振る舞いとして指弾されがちだが、それは表層的なものの見方であると私は思う。まだうまく説明する方法がみつからないのだけど、ただ読みやすいばかりの文章とはどうしても思えないというか……。

たとえば村上と同等以上の深く揺るぎないリーダビリティに到達した書き手は、私見だが、哲学者の木田元くらいしか思い浮かばない。その達成度はまさしく過激、ほとんど狂気の瀬戸際と言えるくらいの暴力的な読みやすさ、あるいは深刻な中毒性を実現している。なにも奇をてらってむやみに派手派手しい言葉を書きつけているのではない。彼らの文章の内的なリズムには、「読めるとは何か?」という疑問を恐ろしいほど長い時間考えてきた蓄積が感じられるのだ。その問いの深さと、そこから持ち帰ったものの影響力の行使の仕方において正に卓越しているのだ。このような文章家が過激でなくてなんと言えるだろうか? そして(余計なことを言うようだけど)その遠大な努力の軌跡は、自分は気に入らないのに妙に人気があるものをひとまず「売らんかな」的カテゴリに放り込んでおきさえすれば特に根拠を持ちださずとも決定的に優位に立てると錯覚する程度の頽落した精神性では決して測れない深遠さを獲得している。

ともあれ、なぜ村上はこれほど綿密に執拗にリーダビリティを追求しなくてはならないのか? それによって何が獲得されたか、何が失なわれたか、それは進歩だったのか、退歩だったのか、いかように論じるにせよ、この類まれな過剰さそのものをまずは真正面から受け止めることが、2000年代以降の村上作品の読解、あるいは受容を考察する際に前提とされるべきであると、私としては微力ながらここで特筆しておきたい。この文章は牛に乗って寺へ行って筆で書いています。上記のようなちょっと興奮し過ぎの宣言を書くまでもなく、この本のボストン(1995)−アイスランド(2004)間にみられる文体的な落差は、村上の2000年代初頭におけるリーダビリティ追求の度合いを端的に示す重要な標本として必読である。牛もうなずいてくれている。この過激な読みやすさ──「過激な平凡さ」とも言い換えられる──については、そのうちにまた考えます。

牛が「どうどう」と私を宥める。

この本の中心をなす「AGORA」掲載の文章にあっても、「よそいき」的立場は同じなわけで、するすると読んでしまえるたぐいの文章になってはいるが、やや狭い(なにしろお金持ち向けの機内誌だ)読者を対象としているからか、あるいは単行本向けにとっておいたロング・ヴァージョンだからか、一文が長く、事実と観念の間を跳躍するような論考もあり、ときにはやや生硬とさえ言える文章が含まれていて、若干の噛みごたえがある。そのいくぶん生硬な旅についての(あるいは自分について、ときに物語についての)考察は、タイトルトラックとも言えるラオスへの旅で、一つの頂点に達する。「ラオスにいったい何があるというんですか?」などとボヤきながら、水曜どうでしょう的に嫌々連れ出される情景が想像できておかしい(本文で村上自身の言葉でないことが明かされるが)、半ば冗談みたいなところを狙った表題なんだけど、同時にそれなりに思うところあって、ラオスの旅をタイトルに選んだんじゃないかなぁと、読み終わって思わされた。


その深奥

それはつまりこういうことだ。ラオスの旅行記の中盤、ルアンプラバンのホテルの夜の幻惑的な音楽──主旋律と対抗旋律の絡みあいと分裂──に導かれるようにして、彼のペンは(というか)ルアンプラバンでの土着的で仏教的な生活の観察へと進んでいく。その筆致はじわじわと膨らみを増し、トラヴェル・ライティングの範疇からはみだし、物語を(それが物語と呼ばれるべきものかどうかについては後で考える)求める存在としての我々についての思索に移行していく。

ここで具体的に書かれていることは、ルアンプラバンで村上が目にした情景であり、ルアンプラバンで村上が考えたことである。しかしそれと同時に、旅の一般的な性質であり、旅の途上で我々が考えるようなことでもある。そしてさらにその奥に、村上自身がこつこつと積み重ねてきた、あるいは掘り進めてきた、物語観のようなものが重ね書きされる。もう少し慎重な言い方をするなら、重ね読みの可能性として提示される。

そこから先、まるで村上がかねてより語っている物語の源泉──魂の地下二階──に降りていくようにして、村上はルアンプラバンで物語に取り囲まれていく。あるいはルアンプラバンを書くことでわたしたちを取り囲んでいく。すこしずつ。ものの見え方が変わり、時間の流れが変わり、かつてここにいた誰かが何かの折りに残したたくさんの小さな仏像が居並ぶ中に、心が通い合うものをいくつか見出す。その仏像がどのような祈りのために作られたのかさえ私たちは知ることが出来ない。しかしそこには確かに、想像力で接続可能な自分のかけらが佇んでいる。世界の距離感が変化する。寺院の壁に並ぶ物語絵を見て、土地の人がその由来を語るのを聞き、その土地にしっかりと土着的に染み付いた物語の豊かさに驚く。ここで説話の一つ一つが語られるわけではない。ただそこに物語があり、そこにいる人々にしっかり根付いているということだけが語られる。やがて私たちは、その土地に漂う濃密な物語の気配に取り囲まれている。目的も解釈も介在せず、そこで人々は無条件に物語を共有している。あるいは物語が無条件に人々を取り囲んでいる。優しくつなぎとめている。

村上はここで、物語を「流動するイメージ」と言い換える。いまこの本の中のルアンプラバンで私達を取り囲んでいる数多くの物語は、ゆるやかな集合体として人々に共有されることによって、人々を地縁的に結び付けている。それは一つ一つの宗教的説話が持つ効力の和を超えるものだ。宗教が体系立った規範や思惟を私たちに与えるようになる前には、目的や解釈が介在しない、物語の(流動するイメージの)共有行為が自生的に存在していたはずで、それが魂のためになにより大事なのだと村上は語る。そこでいう物語とは、私たちが通常イメージする物語と本当に同じものだろうか? 私たちがふだん物語と言うとき、ついそこに目的や解釈を求めてしまってはいないか? 村上が「流動するイメージ」と言い換えることで捉えようとしているものは、通常用いられる意味での物語より大きい、言うなれば太古の昔に塞がれてしまった共感可能性の通路を流れる水のようなものではないか? それは決して目的や解釈に手綱をとられるようなものではない、と言っているように、私には思える。だからこそ人々の魂を暖め続けられるのだと。物語の先祖返りを起こすのだ。では私たちはそれを、物語ではなく、なんと呼べば良いのか?

わからない。ここではラオスにあった何か、と言うしかない。そして私たちは表題の疑問に立ち戻る。「ラオスにいったい何があるというんですか?」

と、いったところまで妄想がふくらんだところで、私たちはバナナを差し出す猿の像に乗っかってひょいっと現実に戻ってくる。そしてその旅行記は、ごくごく平凡な旅への讃歌で締められる。照れ隠しするみたいに。この辺のさじ加減も激ウマであると私は思う。


その内容と売り方

最後に、ふつうに内容に触れた感想などもあっさりと書いておきたい。行き先は収録順に、ボストン(滞在)、アイスランドポートランド(東西)、ギリシャ、ニューヨーク、フィンランドラオス、ボストン(再訪)、トスカナ、そして熊本、となっている。ポートランドからトスカナまでが、JALのファーストクラス向け機内誌「AGORA」のために書かれた旅行記である。

アトス島で巡礼したりトルコを一周したり無人島に行ったりメキシコに行ったりモンゴルに行ったりしていた冒険作家・村上春樹のファンとしては、おとなしい旅ばかりで少しさみしくもあるのだけど、こればかりは仕方ないところだろう。なにしろ冒険作家というのは実は世を忍ぶ仮の姿だったのだし、だいたいJALのファーストクラスの機内誌であんまり冒険されても困る。「上質な大人の旅」みたいな雰囲気が前面に出ているのも、これは時の流れというものである。アイスランド編とラオス編がわずかに冒険作家・村上春樹の面影を残している。

また、この本は書籍版とほぼ同内容の電子書籍が同時発売される初めての村上作品である。「村上さんのところ」ではやりとりを一つもらさず収録した完全版を電子書籍として、良い物を適量みつくろった書籍版と同時発売したわけだが、今回はテキストは同じ内容で、章末に写真を追加した電子版が同時発売となっている。しかも少し安い。こうなると特に抵抗なく電子版が買えてしまえて良い。電子化はずっと渋ってたみたいなイメージがあるけど、いざ始めるとなかなかの策士ぶりである。